末尾ルコ詩D「猫、エドモン・ダンテス」篇。『驚異のはちきん小説!「はちきん」と呼ばれる女』その95。末尾ルコ「映画俳優演技論」~「ド根性ガエル」松山ケンイチは「話し方」で損をしている。 [吉高由里子]
「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉
★「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!
現在実験的にブログをつついています。
その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。
●末尾ルコ詩D「猫、エドモン・ダンテス」篇。
「猫、エドモン・ダンテス」
ページを開けると、そこは
エドモン・ダンテスだった。
開け、
ページを!
まだ開いたことのないページはもちろん、
何度も開いたページでさえも!
そうすれば、
こんな悦びも待っている。
ページを開けると、そこは
エドモン・ダンテスだった。
・・・・・・
ぼくの素敵なネコには
まごうことなき真の愛を
贈るつもりだよ!
●『驚異のはちきん小説!「はちきん」と呼ばれる女』その95。
『驚異のはちきん小説!「はちきん」と呼ばれる女』その95。プチ土佐弁講座付。
「メロメロとヘンなぼっちゃん 土佐町でコーク」篇。
「ふ~~ん、ところでヘンなぼっちゃん。美味しいコカ・コーラの飲み方教えてあげるわ」
とどことなくマイメロに似たメロメロに言われたヘンなぼっちゃんだが、さすがにちょっと前、レスカを「ふりふり」されて「ブシューッ!」になったことを忘れてはいなかった。
(メロメロったら、また「ふりふり」するんじゃないでしょうねえ~)
と思ったヘンなぼっちゃん、控え目に、けれどやや不審げにメロメロの方を見る。
「あれ?どうしたの、ヘンなぼっちゃん?わたしを疑ってるんじゃないでしょうね?」
梅雨時の蛙がげこげこ鳴いている土佐町のとある場所、問い詰められると強く出られないヘンなぼっちゃん、
「メロメロを疑うわけないよ!でも本当にふりふりしない?」
と不安そうなヘンなぼっちゃんだが・・・。
※この小説は(もちろん)フィクションです。
※とっても可愛いのに何をやっても上手くいかないヘンなぼっちゃんを応援しよう!
●末尾ルコ「映画俳優演技論」~「ド根性ガエル」松山ケンイチは「話し方」で損をしている。
テレビドラマ「ド根性ガエル」を観るとすればどんな部分により注目すればより充実した時間が過ごせるか?
テレビドラマなんぞ観ずに映画を観ましょう、という魅惑的な選択肢はさて置いて、やはり「ど根性ガエル」を観るのであれば、この難儀な実写化を現在日本の一流俳優たちがどう創り上げてくるか、でしょう。
俳優の演技に最注目です。
で、主役は「ヒロシ」の松山ケンイチですが、この人はある時期までまぎれもなく日本人若手俳優のトップを走っていたのですが、どうなんでしょう、もう一つ「自らの価値」あるいは「映画という表現の価値」などをしっかり理解してなかったような気がします。
宣伝でトーク番組などへ出演した姿を何度か観て、(どうやらずいぶんとシンプルな人間らしいぞ)と分かってきました。
別にシンプルでもいいのですが、それまで非常にアーティスティックなイメージを持っていたものですから、(ああ、こんなこと喋らなきゃいいのに・・・)と見ていて感じることしばしばでした。
その最たるステージが「結婚会見」。
小雪と結婚した、それはいいんですが、一人会見に出てきて「やにさがり&のろけ」で言わずもがなのことを喋りまくった。
今日び真っ当な俳優は「結婚会見」などしません。
それがよりによって当時「最も先鋭的な映画俳優」のように見えていた松山ケンイチにとってやられたことは、少なくともわたしにとっては「がっくり」でした。
総じて松山ケンイチは「話し方」「話す方法論」などで大きな損をしているタイプだと思います。
マスメディアの操作」と「日本人の弱さ」によって膨張した人気者たちは、もちろん本物ではないし、「スター」でもありません。
★「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!
現在実験的にブログをつついています。
その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。
●末尾ルコ詩D「猫、エドモン・ダンテス」篇。
「猫、エドモン・ダンテス」
ページを開けると、そこは
エドモン・ダンテスだった。
開け、
ページを!
まだ開いたことのないページはもちろん、
何度も開いたページでさえも!
そうすれば、
こんな悦びも待っている。
ページを開けると、そこは
エドモン・ダンテスだった。
・・・・・・
ぼくの素敵なネコには
まごうことなき真の愛を
贈るつもりだよ!
●『驚異のはちきん小説!「はちきん」と呼ばれる女』その95。
『驚異のはちきん小説!「はちきん」と呼ばれる女』その95。プチ土佐弁講座付。
「メロメロとヘンなぼっちゃん 土佐町でコーク」篇。
「ふ~~ん、ところでヘンなぼっちゃん。美味しいコカ・コーラの飲み方教えてあげるわ」
とどことなくマイメロに似たメロメロに言われたヘンなぼっちゃんだが、さすがにちょっと前、レスカを「ふりふり」されて「ブシューッ!」になったことを忘れてはいなかった。
(メロメロったら、また「ふりふり」するんじゃないでしょうねえ~)
と思ったヘンなぼっちゃん、控え目に、けれどやや不審げにメロメロの方を見る。
「あれ?どうしたの、ヘンなぼっちゃん?わたしを疑ってるんじゃないでしょうね?」
梅雨時の蛙がげこげこ鳴いている土佐町のとある場所、問い詰められると強く出られないヘンなぼっちゃん、
「メロメロを疑うわけないよ!でも本当にふりふりしない?」
と不安そうなヘンなぼっちゃんだが・・・。
※この小説は(もちろん)フィクションです。
※とっても可愛いのに何をやっても上手くいかないヘンなぼっちゃんを応援しよう!
●末尾ルコ「映画俳優演技論」~「ド根性ガエル」松山ケンイチは「話し方」で損をしている。
テレビドラマ「ド根性ガエル」を観るとすればどんな部分により注目すればより充実した時間が過ごせるか?
テレビドラマなんぞ観ずに映画を観ましょう、という魅惑的な選択肢はさて置いて、やはり「ど根性ガエル」を観るのであれば、この難儀な実写化を現在日本の一流俳優たちがどう創り上げてくるか、でしょう。
俳優の演技に最注目です。
で、主役は「ヒロシ」の松山ケンイチですが、この人はある時期までまぎれもなく日本人若手俳優のトップを走っていたのですが、どうなんでしょう、もう一つ「自らの価値」あるいは「映画という表現の価値」などをしっかり理解してなかったような気がします。
宣伝でトーク番組などへ出演した姿を何度か観て、(どうやらずいぶんとシンプルな人間らしいぞ)と分かってきました。
別にシンプルでもいいのですが、それまで非常にアーティスティックなイメージを持っていたものですから、(ああ、こんなこと喋らなきゃいいのに・・・)と見ていて感じることしばしばでした。
その最たるステージが「結婚会見」。
小雪と結婚した、それはいいんですが、一人会見に出てきて「やにさがり&のろけ」で言わずもがなのことを喋りまくった。
今日び真っ当な俳優は「結婚会見」などしません。
それがよりによって当時「最も先鋭的な映画俳優」のように見えていた松山ケンイチにとってやられたことは、少なくともわたしにとっては「がっくり」でした。
総じて松山ケンイチは「話し方」「話す方法論」などで大きな損をしているタイプだと思います。
マスメディアの操作」と「日本人の弱さ」によって膨張した人気者たちは、もちろん本物ではないし、「スター」でもありません。
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