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●若い!生きがいい!!田村正和主演『若さま侍捕物帖』を観て、テレビ時代劇についてプチに語る。 [「言葉」による革命]

●若い!生きがいい!!田村正和主演『若さま侍捕物帖』を観て、テレビ時代劇についてプチに語る。

末尾ルコ「時代劇の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

BS12で田村正和主演の『若さま侍捕物帖』放送しており、(観てみよう)と思いつつ、同時刻に別に録画したい映画などがあるなどでずるずると観ないままに来ていたのだけれど、3月23日放送分を録画して、ようやく観ることができた。

わたしは田村正和の作品はほとんど観てないのが実情で、しかも若い時期となると一切知らないわけである。
ただこの前に『眠狂四郎TheFinal』を観て、かつて田村正和がテレビ版『眠狂四郎』で好評を博していたことも知ったわけで、『眠狂四郎』ではないけれど、「田村正和、若き日の時代劇」という点に興味があった。
そして「昭和のテレビ時代劇」・・・なんだかんだ言って、ほとんど観てないのである。
と言いますか、子ども時代、そして10代の頃であれば、映画でもなかなか時代劇は、わたしの場合、観てなかった。
黒澤明作品だけは別格で、世の中に(『七人の侍』を観てなくて、何を語れると言うのか)といった社会的・文化的雰囲気があった。
だから映画に特段興味を持っていなくても、『七人の侍』を観ている小中学校生はけっこういたのである。
このような社会的・文化的雰囲気って、今はほとんどないでしょう。
まあ、あるとすれば、(宮崎アニメは観ておかないと)とかいう感じだろうか。
宮崎アニメのクオリティは分かっているけれど、「同じように、実写を観ましょうよ!」というのがわたしの変わらぬ主張だという点、いつも当ブログに来てくださっている方であればお分かりだと思う。

『若さま侍捕物帖』だけれど、さすが若き田村正和、顔もすっきり綺麗だし、台詞も動きも生きがいい。
それだけでも観る価値はありました。

映画の時代劇はもちろん歴史的傑作が数多くあるが、テレビ時代劇にも、映画にはない役割が十分にあり、とても貴重だと思うのだが、なにせもう壊滅状態なのが情けない。
そこでふと思い出したのだが、わたし、幼少のみぎり、テレビ時代劇を「観てなかった」わけではなかった。
例えば、再放送だか何だか分からないが、『笛吹童子』や『仮面の忍者赤影』は愉しみに観ていた(と思う)。
「と思う」と書いたのは、『笛吹童子』はその有名なテーマ曲をよく自分で歌っていたのははっきりと記憶しているが、ドラマそのものの記憶が曖昧なのである。
その点、『赤影』は最高でした。
まずオープニングのテーマ曲、あのイントロが目茶目茶カッコいいんです。
そして時代は下り(笑)、『快傑ライオン丸』や『変身忍者 嵐』・・・。

はい。
「時代劇」についても大きなテーマの一つとして、適宜書いていきます。

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いっぷく

「若さま侍捕物帳」は前進座と国際放映が作っていた時代劇ですね。
テレビ朝日が、遠山の金さんを中村梅之助でヒットさせて、「丸顔の時代劇ヒーロー」として話題になりましたが、まる2年で日本テレビの「伝七捕物帳」にうつりました。これもまた人気作品で、伝七は4年間続き、かつそれと並行して中村梅之助はNHK大河で1977年に「花神」にも出演。
それで各局、中村梅之助争奪戦となったわけですが、たぶん中村梅之助個人ではなく前進座としてそれなりの契約金が出て、1977年秋からはまたテレビ朝日に戻って2年契約を結び、「達磨大助事件帳」を半年やって、「若さま侍捕物帳」をはさんで、テレビ朝日版「伝七捕物帳」と、中村梅之助がたてつづけにテレビ時代劇に出演するわけです。
その中で、「若さま侍捕物帳」だけは、主役を前進座の俳優ではない田村正和に譲ってるんですね。
「遠山の金さん」にしろ、「伝七捕物帳」にしろ、出演者を見ると、前進座の人がたくさん出ているのですが、それがどうしてこのときだけ田村正和なのか不思議でした。
前進座の若い俳優を抜擢して売り出すチャンスで、げんに「若さま侍捕物帳」には嵐圭史が出ていますね。嵐が主役でもよかったのにそうしなかったということは、中村梅之助も、田村正和を認めていたんでしょうね。
別の見方をすると、田村正和は前進座の芝居と絡んでどんな化学反応を起こすか、という興趣もありましたね。

そういえば嵐圭史って、選挙の政見放送のとき、志位和夫委員長と一緒に出ていましたね。そこで、同党とのつながりの深さがうかがえ、林真理子によると、林の両親は共産党支持者だから、新聞は赤旗で観劇は前進座だと以前週刊誌のインタビューで読んだことがあります。
でも個人的には石橋湛山とか財界人も支援しているので、たんなる左翼劇団という紋切り型の評価は違うのではないかと思います。
そもそも新劇の劇団は、文学座にしろ俳優座にしろ民芸にしろ青年座にしろ、体制を風刺したり批判したりするところから始まってますからね。

加東大介も以前は前進座でしたが、左翼すぎると脱退したという話もあります。加東大介の姉の沢村貞子は特高に捕まって拷問を受けて転向をさせられた過去があるので、思想的なことは嫌だったのかもしれませんね。

by いっぷく (2018-03-31 04:53) 

hana2018

「笛吹童子」と言えば、哀愁をおびた福田蘭童の尺八の音。ヒャラーリ ヒャラリコ ヒャリーコ ヒャラレロ 誰が吹くのか 不思議な笛ヒャラリ ヒャラリコ ヒャリコ ・・・。。
青木繁が栃木の芳賀町に滞在中、地元の名家福田家の娘たねとの間に生まれたのが作曲をした福田蘭童。そうした経緯から芳賀町の五行川側に建つ3人の碑。また道の駅はがには、渡ると上の笛吹童子の歌が流れる吊り橋が架かっているのです。
一度遊びに行ってから、スッカリこのフレーズを覚えて自宅でも披露した孫娘。笛吹童子を知らない息子と嫁は何が何だかだったそう(笑)
若き日の田村正和・・・と言えば、主役の邪魔をする陰湿な役、木下恵介劇場の「記念樹」が印象に残っています。
テレビ版「眠狂四郎」には、片岡孝夫版も。つい最近我が地方局にて再放送されていました。
狂四郎のストイックさが強調されて、演じた片岡孝夫も悪くなかったです。
by hana2018 (2018-03-31 13:54) 

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