●我が母、心臓バイパス手術後闘病記65日目~リハビリ病棟へ転室、その機能訓練室とリハビリ内容の密度とは。 [「言葉」による革命]
●我が母、心臓バイパス手術後闘病記65日目~リハビリ病棟へ転室、その機能訓練室とリハビリ内容の密度とは。
末尾ルコ「母の話、健康医療の話題」
5月23日(木)手術後65日目
転院30日目
前の日に母のリハビリを担当してくれている理学療法士と、「リハビリ病棟」へ移る可能性について話をした。
母は転院後ずっと一般病棟で、しかも「大部屋に空きがない」という理由でずっと個室である。
担当の理学療法士によれば、「リハビリ病棟へ移る検討はしているけれど、現在は病室がいっぱいで、移るのを待っている患者さんもいるので」と、時期は明確には分かってないということだった。
その上で、「早ければ6月初め、遅くても6月後半には」と大掴みな話だった。
ところが何と、この日の午前9時の面会で病室に入ると、
「今日からリハビリ病棟へ移りますからね」
と看護師が。
これには前日に話をした理学療法士も驚いたようで、「朝来て吃驚しました」と語っていた。
ともあれ母にとって進展であることは間違いない。
部屋の荷物を纏め、午前10時にはリハビリ病棟へ移動。
今後は大部屋(4人部屋)となる。
リハビリ病棟へ行っただいいちいんしょうは、とにかく活気がある。
やはり一般病棟とは違い、かなり広い機能訓練室が設けられており、リハビリに励む患者、そして多くの看護師、理学療法士、作業療法士、介護し、あるいは医師、ソーシャルワーカーらが行き交っており、病棟全体がダイナミックに動いている感じだ。
まだ転室して間もないので分からないが、夕方にはどことなく寂しげな雰囲気になってしまい、しかも個室で一人の時間が多過ぎた母も、この雰囲気であれば気分は変わるのではないだろうか。
そして転室後すぐに看護師長、担当理学療法士、ソーシャルワーカー、介護士らが集まって挨拶と説明をしてくれた。
一般病棟へ入った時にはなかったことだ。
少々奇遇だが、同病棟の看護師長(あるいは副師長だったか?)が男性なのだけれど、わたしの亡父、つまり母の夫の教え子だったと言う。
この人は父が退職後にやっていた予備校的な施設で「お世話になった」と言い、「先生がいなかったら、今の僕はありません」と感謝してくれた。
家庭内では(どうなのだろう)という点も多かった父だが、若い頃から慕ってくる生徒たちはかなりいた。
今後はリハビリ病棟での母の様子についてお話していくことが多くなるが、一般病棟との違いは広いスペースの機能訓練室だけでなく、「一日2回」だったリハビリ時間が、「一日3回」となる。
早速午後1時からのリハビリを見学させてもらったが、一般病棟のものと比べて、その密度も濃い。
これはまさしく大きな変化であって、母が疲れ過ぎないかという懸念も頭をもたげたが、そこは彼らも分かった上で指導してくれているはずだろう。
もちろん、「転倒の脅威」は今後も続くけれど、この日が大きな進展となったことは間違いない。
末尾ルコ「母の話、健康医療の話題」
5月23日(木)手術後65日目
転院30日目
前の日に母のリハビリを担当してくれている理学療法士と、「リハビリ病棟」へ移る可能性について話をした。
母は転院後ずっと一般病棟で、しかも「大部屋に空きがない」という理由でずっと個室である。
担当の理学療法士によれば、「リハビリ病棟へ移る検討はしているけれど、現在は病室がいっぱいで、移るのを待っている患者さんもいるので」と、時期は明確には分かってないということだった。
その上で、「早ければ6月初め、遅くても6月後半には」と大掴みな話だった。
ところが何と、この日の午前9時の面会で病室に入ると、
「今日からリハビリ病棟へ移りますからね」
と看護師が。
これには前日に話をした理学療法士も驚いたようで、「朝来て吃驚しました」と語っていた。
ともあれ母にとって進展であることは間違いない。
部屋の荷物を纏め、午前10時にはリハビリ病棟へ移動。
今後は大部屋(4人部屋)となる。
リハビリ病棟へ行っただいいちいんしょうは、とにかく活気がある。
やはり一般病棟とは違い、かなり広い機能訓練室が設けられており、リハビリに励む患者、そして多くの看護師、理学療法士、作業療法士、介護し、あるいは医師、ソーシャルワーカーらが行き交っており、病棟全体がダイナミックに動いている感じだ。
まだ転室して間もないので分からないが、夕方にはどことなく寂しげな雰囲気になってしまい、しかも個室で一人の時間が多過ぎた母も、この雰囲気であれば気分は変わるのではないだろうか。
そして転室後すぐに看護師長、担当理学療法士、ソーシャルワーカー、介護士らが集まって挨拶と説明をしてくれた。
一般病棟へ入った時にはなかったことだ。
少々奇遇だが、同病棟の看護師長(あるいは副師長だったか?)が男性なのだけれど、わたしの亡父、つまり母の夫の教え子だったと言う。
この人は父が退職後にやっていた予備校的な施設で「お世話になった」と言い、「先生がいなかったら、今の僕はありません」と感謝してくれた。
家庭内では(どうなのだろう)という点も多かった父だが、若い頃から慕ってくる生徒たちはかなりいた。
今後はリハビリ病棟での母の様子についてお話していくことが多くなるが、一般病棟との違いは広いスペースの機能訓練室だけでなく、「一日2回」だったリハビリ時間が、「一日3回」となる。
早速午後1時からのリハビリを見学させてもらったが、一般病棟のものと比べて、その密度も濃い。
これはまさしく大きな変化であって、母が疲れ過ぎないかという懸念も頭をもたげたが、そこは彼らも分かった上で指導してくれているはずだろう。
もちろん、「転倒の脅威」は今後も続くけれど、この日が大きな進展となったことは間違いない。
病棟変わるのはかなりの変化ですね
それに リハビリという名が付くだけで
退院も短に感じてくるので元気が出ますよね
by (。・_・。)2k (2019-05-28 02:08)
>今後は大部屋(4人部屋)となる。
4人部屋ぐらいがちょうどいいですね。
大学病院のときは4人だと差額ベッド代をとられ、標準は6人部屋だったのですが、人数が多くなると、いい人ばかりとは限らず、変な人ともご一緒しなければならない可能性も出てくるのです。まあもちろん4人でもその確率はあるわけですが、3人に気を使うのと5人に気を使うのでは、やはり人数は少ない方がいいと思いました。
>この人は父が退職後にやっていた予備校的な施設で「お世話になった」と言い、「先生がいなかったら、今の僕はありません」と感謝してくれた。
御本人だけでなく、ご家族のこともやはり話題になるわけですね。
私の母が入院した時、担当医が私の妹の夫の担当医だった人で、夫の臨終をみとっているのですが、母や妹はそれを黙っててくれと言うので、そこだけ隠すわけにもいかないため、肉親や身内の話自体を慎重に行わねばならず、印象を悪くしたかなとその後もずっと気になりました。
今は往診ですが、外来の時は結局その医師に10年診てもらったので、適当なところで打ち明けてもよかったんじゃないかなと思ってます。
>「一日2回」だったリハビリ時間が、「一日3回」となる。
これは効率いいですね。在宅、もしくは外来ですと、1日20分×3=60分までと言われました。
我が長男は6年外来で通いましたが、最初の3年が40分を週2回で、後半の3年が60分を週1回でした。でもそれだけでは不十分で、本当は家庭で毎日、その復習といいますか反復練習していかなければならなかったのですが、そこまで行き届きませんでした。週1~2回ではなかなか成果を期待するのはむずかしかったですね。
ですから入院でリハビリを徹底的にされるのはいいとおもいます
by いっぷく (2019-05-28 04:41)
良かったですね。
by wildboar (2019-05-28 05:07)
また一歩進みましたね^^
by ぽちの輔 (2019-05-28 07:36)
リハビリ病棟に移られたんですね( ^ω^ )
大きな一歩ですねぇ=(^.^)=
個室じゃなくなったら、寂しい思いもしないし
リハビリ密度が濃くて、1日3回だとぐっすり寝てくれそう^^
by ニッキー (2019-05-28 07:53)