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小説 神秘アンチエイジング&エロス 237 用事 [小説 神秘アンチエイジング&エロス]

実は瑛次は、「歩いて内心の熱さを振り切る」という行為を邪魔され、かなり不快な気分になっていた。
しかしもちろんそんな感情はおくびにも出せないのが瑛次だ。
「なんか用事なの?」
真理は息を最終的に整えるように、何度か肩を上下する。
「用事というか・・、瑛次さん、今日はホントにごめんなさいね」
「え・・、ああ。でも君のせいじゃないから」
「え・・、瑛次さん、優しいんですね」
「え?」
「わたしね、ホント横で見てて、瑛次さんもうお店に来なくなるんじゃないかって、とっても心配になって」
「あ、いや、大丈夫だから」
本当は(もう来るもんか)と思っていたのだが・・。
「ヒサさんも大人げないところあるから」

※この作品の中には現実のアンチエイジング方法や健康法などが出てきますが、その作品中で言及される効果などに関してはあくまで小説上のできごと、つまりフィクションであるとお考えください。
実際の効果には、個人差などがあるものだと思われます。

「仁義」と「バトン」の関係 [末尾ルコ(アルベール) 美学 生と死のあいだ]

ここで少し「バトン」についてお話ししましょう。
実はわたし「バトン」的なノリの企画というのはどちらかと言えばあまり好きではなく、普通なら「参加」することはないのですが、今回こうして(我流にアレンジしていますが 笑)やらしていただいているのは、「仁義」という言葉にポイントがあります。
「仁義」というと少し特殊なイメージを持つかもしれませんが、これは元々かなり豊かな意味を持つことだと思います。
「仁義」という言葉が含んでいるのは、「人としてとるべき道」「恩を受けたらそれを忘れないこと」「人間として持つべき最低限の礼儀」などです。
そしてわたしが「仁義」という言葉を大事にしたいと思うのは、今までのわたしの人生の中、あるいは自分の身の回りで、呆れるほど「仁義」を破る人間を多く見てきたし、今現在も日常的に見ているからなのです。

     必然的に、つづく

〈読書番外編〉 沢尻エリカ・高城剛離婚報道に関して  何となく「まとめ」てみました♡ [ルコ的読書]

多くの男たちがなぜ高城剛に嫉妬したか。
まとめるとおそらく次のような感じではないか。
「自分たちと年齢も見た目も大して変わらないのに一人だけうまいことやりやがって・・。どうせ金にものを言わせたんだろう」
「金」が沢尻エリカと高城剛の結婚に大きな影響を与えたことは間違いなかろうが、それは多くの一般人も同じことだ。
「見た目」に関しては、さすがに沢尻エリカほどの容姿の女性を一般に見かける可能性はほとんどないが、それでも世間には「見た目」がアンバランスなカップルはよくある。
芸能界でも例えば大女優吉永小百合夫妻などは、誰が見ても「見た目」はつり合っていない。
「年齢差」に至っては、沢尻エリカ・高城剛くらいの「差」であれば、芸能界はもちろん、世間的にもさして珍しいものではなくなっている。

こうして見ていくと、なぜ高城剛が「恋愛~結婚~離婚」の期間を通じて揶揄され続けたか疑問に感じなくもない。
そこで思いついたのが、「名前の流通度」だ。
業界ではよく知られていたという高城剛だが世間的な認知度は低く、「突然現れたおじさんが得体の知れないおじさんが沢尻エリカをとっていった」という印象を持たれたのが彼にとって不運だった・・のかもしれないと思う今日この頃です。(笑)

吉高由里子がWOWOWドラマ「豆腐姉妹」へ出演!仲里依紗「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」のガダルカナルタカ。始まるのが遅い!北川景子・満島ひかり「月の恋人 Moon Lovers」。 [吉高由里子]

吉高由里子がWOWOWのドラマへ出演する。
と言うか、吉高由里子のニュースも久しぶりだ。
ん?久しぶりかな?
CMの話題はちょいちょいあるような。
でもやっぱりCMじゃ物足りない。まっとうな女優としての「作品」の話題じゃないと。
WOWOWのドラマであれば、民放地上波のドラマよりは「作品」だ。
吉高由里子は「紺野さんと遊ぼう」以来の出演か。
今回のドラマ、タイトルは「豆腐姉妹」。
いいなあ~、このタイトル!

さて「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」。
ああ、それにしても仲里依紗が初夏の日本を席巻している感じで心地いい。
彼女の場合「質」を伴った注目度である点、「その辺の」ドラマ女優とはまったく違う。
しかし「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」のすべてがよかったわけではないことはこれまで書いているとおり。
一つは出演者の弱さだが、例えばわたしはガダルカナルタカをスクリーンで観たいとは思わないのだ。
(北野武作品へも出てはいるが、それは別の話)

ところで最近すっかり忘れていたが、北川景子・満島ひかり出演「月の恋人 Moon Lovers」ももうすぐスタートする。
と言うか、いつものキムタクドラマと同様、始まるのが遅い!
いくらなんでも「遅すぎ!」と思うわけです、わたし。

「忘れじの面影」 [末尾ルコ(アルベール)の成長する小さな映画批評]

「忘れじの面影」マックス・オフュルス監督

モノクロ画像が夢の中のようであり、このような現実があるような気もしてくる。それだけ完璧に構築されたウィーンの美しく儚い物語。その儚さにリアリティを与えているのが、常に切羽詰まった美貌を見せるジョーン・フォンテインだ。

7点

5月1日の月は笑っていた。 [生と死のためのアート]

5月1日の月。
曇り空に月があった。
ぼくはおそらく、晴れの日の月よりも曇り空の月の方が好きだ。
雲の状態にもよるが、晴れの夜よりも曇りの夜の方が狂おしいだろう。
ぼくはつまり、「普通」よりも狂おしい方が遥かに好きなのだ。
狂おしくない人生なんて、多分想像もつかない。

さて5月1日の月。
実はそれほど狂おしくはなかったが、妙に笑っていた。
声を出さず、しかし微笑でもなく、かなり快心の笑みを浮かべていたのが、その晩、さほど狂おしくない曇り空の月だった。


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