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[ダイヤ]「言葉」による革命・「美」による革命[ダイヤ]  「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」 高知(土佐)薊野より全国、世界へ あなたはファナティックになってはいけません。2014年9月18日 [「言葉」による革命]

●「ファナティック」という言葉がありますが、日本語では「熱狂的支持者」「狂信者」などと訳されます。
第2次世界大戦時の軍国寄りの人たちすべてがファナテイックであったとは言いませんが、大本営発表に操作され、さらに日本全体を覆う「国際感覚・知識」の欠如によって、多くの国民がファナティックになっていたのは間違いない。
しかしこれは「軍国」あるいは「右翼思想」だけではないんですね。
「左翼思想」であれ「宗教」であれ、ファナティックになった人とは「会話」が成立しない。

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●子供たちの国語力を上げる!
あなたの言語能力を上げる!

高知を「日本史上初の自由・知性・美の革命運動の地」とする。
高知を「世界最高の日本語を使う場所」とする。
 ↓
高知で暮らせば「世界最高の日本語」を身に付けることができるという認識を日本国内、そして海外に広める。

高知は「日本史の流れを変えた革命の地」として歴史に残り、住民は誇りを持って暮らし、他地域から訪れる人、移住する人も絶えることがない。

※そんなこと不可能だとお思いですか?私は可能だと考えています。そのためにあなたのご参加が必要です。

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2014年9月18日 [愛の景色]

ぼくが「頑張ります」と言う時、それは何よりもまず「君のため」、そう、君のために世界を蹴散らしてでも「頑張ります」という意味さ!

タグ:アート 言葉
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〈「言葉」による革命〉・・・末尾ルコ バレエ詩 スヴェトラーナ・ザハロワ篇。2014年9月18日 [愛とバレエ]

●末尾ルコ バレエ詩 スヴェトラーナ・ザハロワ篇
 
スヴェトラーナ と言う名は多いが 真の女王はあなただけ ザハロワよ ステージに君臨する威風よ

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末尾ルコ傑作詩「齋藤芽生の画と高知」篇。末尾ルコお薦め書籍「フランス文学と愛」(野崎歓著)。末尾ルコ「鍛える・鍛え方 脳」。 [吉高由里子]

[黒ハート]「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉[黒ハート]

★「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!

[スペード]現在実験的にブログをつついています。
その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。

●末尾ルコ傑作詩「齋藤芽生の画と高知」篇。

高知に住むあなたと、
高知でない場所に住むあなた。
そこにどんな違いがあるのだろう。

齋藤芽生の画を観た人と、
齋藤芽生の画を観ない人
そこにどんな違いがあるのだろう。

高知に住むあなたと、
高知でない場所に住むあなた。
そこにどんな違いがあるのだろう。

齋藤芽生の画を観た人と、
齋藤芽生の画を観ない人
そこにどんな違いがあるのだろう。

齋藤芽生の画を観るのも自由、観ないのも自由。
けれどどんなことだって、知るのも自由、知らないのも自由、と言えるのだろうか?


●「フランス文学と愛」(野崎歓著 講談社現代新書)という本があります。
これがなかなかおもしろい。
「愛」に焦点を置きながら、フランス文学史の流れを俯瞰する。
「愛を語る言葉として最も相応しいのは何語でしょう?」と問われたら、あなたは何語を挙げますか?
日本語?は普通挙げないですよね、いかに日本を愛していようとも。
いや、「万葉集」や「源氏物語」を考慮に入れれば、日本語だって「愛を語る言葉」に相応しく思えて来る。
それなのに近年の日本語の貧しいことよ。
だからこそ「愛」をぼくは貫くのだ。
で、やはり一般的には「愛を語る言葉」としてすぐに「フランス語」が出ますよね。
わたしがフランス語をやってるから言うのではないが、確かにフランス語の音が美しいだけでなく、その文学、あるいは映画の世界で脈々と絶えず「愛」を語り続けている、あらゆる方法を持って。
もちろん本物のフランス文学に甘っちょろい「愛」などこれっぽっちもない。
「愛の真実」を見つめ、時にレトリックを尽くした美文により、時に強烈な諧謔を持ち、時に悪魔のような冷笑さえを持って、描き尽くす、それがフランス文学です。
野崎歓は「単なるフランス文学者」ではなく、ご本人が「おもしろい文章」を書ける方であり、わたしもその訳書、著作でずっと愉しませていただいている。
ジャン=フィリップ・トゥーサン、フィリップ・ソレルス、ボリス・ヴィアンらの翻訳はとても素敵だった。
「フランス文学と愛」は、可愛らしいユーモアに満ちた文体でルイ14世の放漫な魅力を語る辺りからもうワクワクが止まらない実に素敵な本です。

●末尾ルコ「鍛える・鍛え方 脳」。
「勉強ばかり」では本当に強靭な脳は育たないのではないでしょうか。
脳が身体の動きを司っている。
つまり身体各部の動きは脳とつながっている。
当たり前のことですが、忘れがちですね。
この忘れがちな事実を常に意識して身体を動かす。


[スペード]「マスメディアの操作」と「日本人の弱さ」によって膨張した人気者たちは、もちろん本物ではないし、「スター」でもありません。


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〈「言葉」による革命〉・・・末尾ルコ 映像俳優演技論 竹中直人「本能寺の変」篇。2014年9月18日 [「言葉」による革命]

●映像俳優演技論 竹中直人「本能寺の変」篇

本能寺の変によって織田信長が斃れた。
しかも時代は戦国だ。
信長の力に圧倒されながらも虎視眈々と「天下」を狙う勢力が覇を競っている。
しかも信長側近中の側近である羽柴秀吉は宿敵毛利と交戦中だ。
信長の死を、例えば本能寺に近い地域では既に知っているだろう。
しかし交戦中の毛利には簡単に知られてはならない。
大河ドラマ「軍師官兵衛」の「本能寺の変」の回では、さほどの制作予算はないであろう中で(笑)、このあたりの緊迫感をよく描いていた。
そしてついに羽柴秀吉が織田信長の死を官兵衛に報されるシーンへ至る。
このシーン、竹中直人のパフォーマンスには粋を呑みました。
しかし「信長の死」を報された時の秀吉を演じるのは、当然ながら簡単ではない。
本気で演じようというのであれば、次の3要素は必ず自分のものにしておかねばならない。
1本能寺の変前後の時代状況把握
2秀吉と信長の関係性把握
3秀吉の潜在・顕在意識に対する十分な想像力
で、「竹中=秀吉」はどの要素も見事にモノにして演じ切った、というわけです。

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