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「言葉」による革命・「美」による革命  「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」高知(土佐)薊野より全国、世界へ ●『子連れ狼』の見地から、ドナルド・トランプは「さむらい」ではまったくない。2016年10月17日 [「言葉」による革命]

※2016年12月10日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。

●〈「言葉」による革命〉・・・「言葉の戦士」訓練&「真の恋愛講座」~『子連れ狼』の見地から、ドナルド・トランプは「さむらい」ではまったくない。

そもそも「武士道」という概念が、「アリもしない創作物」だという説も根強くあり、それはそれで納得できるけれど、武士のいない世の中になってから久しいからこそ、

日本人の中に新たなる武士道精神を!

というのも悪くないのではないでしょうか。

もちろん「新たなる」と付いているのだから、社会や人間を雁字搦めに縛っていた封建的身分制度などとはまったく異なる、もっと自由な武士道はどうでしょう?

しかしこの頃の日本、「自由」という言葉にさえ脊髄反射的に否定的反応をする人たちが多いので困ったものだが、すぐに「それは欧米の価値観だ~」とか言って、それで一件落着と思ったりするのは止めた方がいいですよ。

で、『子連れ狼』の見地から、ドナルド・トランプは「さむらい」ではまったくない。

という一見わけの分からないタイトルがなかなかいいでしょう。

(続きは有料メルマガでお願いします)




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[ダイヤ]末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、▲「新たなる教育機関」です。

[ダイヤ]末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、より多くの方が「新たなる日本人」として人生を思う存分生き抜いていただくための、「末尾ルコだけに可能」な

▲「新たなる教育機関」です。

毎日当ブログを訪問し、お読みくださるだけで、「新たなる日本人」としての資質が身に付いていきます。

▲感覚・感性・知性・理性を中心に、そして非認知能力(スキル)」をも鍛錬します。

有料メルマガを購読いただければ、さらに深く、より強力に「新たなる日本人」として、あなたは日々成長していくことができます。

注1 「読む」という行為にも様々な方法があり、どんな方法を使うかによって「成長」の度合いも違います。「方法」に関しては、当ブログ、そして有料メルマガで適宜お伝えしていきます。

注2 末尾ルコによる「新たなる教育機関」に年齢性別学歴職種などの制限はありません。「誰も」が「今すぐ」に「新たなる日本人」としての第一歩を歩み始めることができます。 

注3 当然ながら、「効果」には個人差があります。しかしより正確にお読みいただければ、間違いなくほとんどの方に「効果」が出てきます。

●〈「言葉」による革命〉・・・その基本的かつ画期的方法論。

〈「言葉」による革命〉の基本的方法論の優位性を記しておきます。

まず、
1どこにいても、その場所でいながらにして参加できる。
2どんなに忙しくても参加できる。
3老若男女、どなたでも参加できる。
4「趣味」「生きがい」として始めても、それが強固な社会貢献に結び付く。

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2016年10月17日 [愛の景色]

(君のすべてへの愛)

きみはもう
ぼくにとって
「絶対者」なのです。

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〈「言葉」による革命〉・・・志摩市と美濃加茂市の「美少女キャラクター」は何が問題なのか?2016年10月17日 [「言葉」による革命]

志摩市と美濃加茂市の「美少女キャラクター」は何が問題なのか?2016年1月5日

※2016年1月25日配信予定 末尾ルコ メルマガでお願いします)

●〈「言葉」による革命〉・・・志摩市と美濃加茂市の「美少女キャラクター」は何が問題なのか?

2015年、三重県志摩市と岐阜県美濃加茂市が(中身は違え)宣伝に「美少女キャラクター」を使い、批判を受けて撤回したという「出来事」がありました。
この件に関して、わたしが特に問題だと思うのは、「役所が行った」という点です。
「美少女キャラクター」や、いわゆる「萌えキャラクター」など、表現の自由がありますからあってもいいんだけれど(わたしはまるっきり興味がありませんが)、社会の中に氾濫し過ぎるのはいただけない。
それは「美少女」や「萌え」だけでなく、「ゆるキャラ」なども同様です。
「ちょっと間抜けな可愛らしいキャラクター」があってもかまわないし、その着ぐるみがイベントに現れて盛り上げ役になるのも「時には」悪くはないでしょ。
しかしこれも「氾濫し過ぎ」なんです。

(続きは有料メルマガでお願いします)

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末尾ルコ詩D「猫、メニュー」篇。末尾ルコ「タトゥ問題・・・ノゲイラとシウバの場合、似合っているかどうか?」。 [吉高由里子]

★「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉[ハート]

★ 「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
★ 「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!

[スペード]現在実験的にブログをつついています。
? その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。

●末尾ルコ詩D「猫、メニュー」篇。

「猫、メニュー」

高知市薊野にある


アラン・デュカスの
メニューを見ながら
ああ、ヌーベル・キュイジーヌ
あらまほしけれ
アラン・デュカスと来たもんだ
柳生烈堂
大五郎

高知市薊野にある


・・・・・・

ぼくの素敵なネコのために
ありとあらゆるメニューを揃えたいんだ!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

●末尾ルコ「タトゥ問題・・・ノゲイラとシウバの場合、似合っているかどうか?」

末尾ルコ「タトゥ問題で知性と感性を鍛えるレッスン」

わたし自身はタトゥをしていないし、する予定もない。
わたしのファッションライフにタトゥもピアスも必要ないからだ。
MMA(総合格闘技)界に、やたらなタトゥを入れたファイターがやたらに多いと何度も書いているが、(止めときゃいいのに・・・)と感じる彫り物が極めて多い。
「対戦相手を倒す」ことを生業としているMMAファイターたちが少しでも相手をビビらせたいと考えるのは分からないでもないが、しかし既にかなりスポーツライクな試合が中心のMMAマットで、いかに大仰にタトゥを施したとして、それほど相手はビビらないと思うのだが。
あるいは、「プロとして」少しでも目立ち、客に存在を覚えられないと、ファイターとしてお呼びがかからなくなる・・・というのも分からないではないけれど、これだけタトゥが猛烈なファイターが多くなると、それで目立つのも簡単ではない。
例えば、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ。
プライド時代、実力はもちろん、その風格ある容貌で人気を博していた。
タトゥ無しで。
ところが何を考えたか、UFCのマットに上がり始めてしばらくしてから肩を中心にべったりタトゥを入れた。
いきなり「安っぽく」見えるようになってしまった。
同様にプライド→UFCという経路を辿ったファイターでも、最初から「似合ってる」タトゥを入れているヴァンダレイ・シウバは、ずっと同じタトゥのままで、「見た目のバリュー」も変わっていない。

どんなファッションでも、「似合っているかどうか」なのだ。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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●プ女子も必読!末尾ルコ、現在最も贔屓のプロレスラー発表! [「言葉」による革命]

●プ女子も必読!末尾ルコ、現在最も贔屓のプロレスラー発表!

末尾ルコ「プロレスで知性と感性を鍛えるレッスン」

今、あなたが一番好きなプロレスラーは誰ですか?

と問われたら、誰の名前を挙げますか?

わたしが最も熱心にプロレスを観ていたのは小学生~高校生の期間であって、一時長くプロレスから離れていて、その理由は主にMMA(総合格闘技)という分野が確立されたからであり、子どもの頃から何だかんだ言って、プロレスラーに「強さ」を求めてきたわたしにとって、「最強幻想」が消滅したプロレスは観るに忍びないという心持ちだった。

しかしまあ、今はある程度プロレスを観ているのである。
が、YouTubeで昔の試合を観て、(ああ、こちらの方がおもしろかったな)と感じることもしばしばで、現役プロレスラーの中で「このレスラーが好き!」と特に思うのはいなかったのだけれど、最近できました、誰だと思います?
はい。

EVIL!

そう、内藤哲也のパレハ(相棒)のEVILだ!!

EVILの魅力については、今後続々と語っていくことになるだろう。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「文学論」~三島由紀夫「作家論」を読み、だから内田百閒の「件」も読んで充実さ!2016年10月17日 [「言葉」による革命]

・三島由紀夫の「作家論」をペラペラと読み返していて、いや、やっぱりおもしろい。
中公文庫から出ていますが、森鴎外、川端康成、谷崎潤一郎、泉鏡花、外村繁、上林暁、武田麟太郎ら、現在でも著名な文豪から、やや一般的には知られなくなった作家まで、とても分かりやすく論を展開している。
まあ人によって印象は違うかもしれませんが、わたしにとって三島由紀夫は、「とても分かりやすく魅惑的な文章」を書く作家として、繰り返し読みたくなる一人なのです。
今回「作家論」の中で、三島が内田百閒の作品を、「芸術とはこういうものだ」「当代稀な純粋作品」とまで書いているのを読み返し、当然即刻百閒作品をまた読みたくなり、本棚から引っ張り出して取り合えず「件」を読んだ。
いや、いいですねえ。
なぜか「件(くだん)」になってしまった人とその周囲で起こる出来事を、ムズが思惟表現は一切なく、しかし濃厚に興味深く描いている。
読めばもう忘れられない、しかもその場にいて「件」を見ているような、幻想小説でありながら現実を目の当たりにしているような、そんな見事な作品です。

ところで「件(くだん)」ってご存知でしょうか?
顔は人間、身体は牛という怪物、あるいは物の怪とでも言うべき存在です。
「件」は天変地異にまつわる不吉な予言をする存在としても知られています。
水木しげるではないけれど、かつて多くの日本人の心にあった妖怪、物の怪たちの存在は、「日本人の心性(メンタリティー)」を考え、さらに未来へ向かうためにも意義あることです。

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