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●第40回日本アカデミー賞最優秀賞の予想ではなく、希望。 [「言葉」による革命]

●第40回日本アカデミー賞最優秀賞の予想ではなく、希望。

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」

第40回日本アカデミー賞優秀賞が次のように発表されています。

優秀作品賞
『怒り』
『家族はつらいよ』
『シン・ゴジラ』
『湯を沸かすほどの熱い愛』
『64-ロクヨン-前編』

優秀アニメーション作品賞
『君の名は。』
『聲の形』
『この世界の片隅に』
『ルドルフとイッパイアッテナ』
『ONE PIECE FILM GOLD』

優秀監督賞
庵野秀明(総監督)/樋口真嗣(監督)『シン・ゴジラ』
新海誠『君の名は。』
瀬々敬久『64-ロクヨン-前編』
中野量太『湯を沸かすほどの熱い愛』
李相日『怒り』

優秀主演男優賞
綾野剛『日本で一番悪い奴ら』
岡田准一『海賊とよばれた男』
佐藤浩市『64-ロクヨン-前編』
長谷川博己『シン・ゴジラ』
松山ケンイチ『聖の青春』

優秀主演女優賞
大竹しのぶ『後妻業の女』
黒木華『リップヴァンウィンクルの花嫁』
広瀬すず『ちはやふる-上の句-』
宮崎あおい『怒り』
宮沢りえ『湯を沸かすほどの熱い愛』

優秀助演男優
竹原ピストル『永い言い訳』
妻夫木聡『怒り』
東出昌大『聖の青春』
森山未來『怒り』
リリー・フランキー『SCOOP!』

優秀助演女優賞
石原さとみ『シン・ゴジラ』
市川実日子『シン・ゴジラ』
杉咲花『湯を沸かすほどの熱い愛』
広瀬すず『怒り』
宮崎あおい『バースデーカード』

新人俳優賞
杉咲花『湯を沸かすほどの熱い愛』
高畑充希『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』
橋本環奈『セーラー服と機関銃-卒業-』
岩田剛典『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』
坂口健太郎『64-前編-』『64-後編-』
佐久本宝『怒り』
千葉雄大『殿、利息でござる!』
真剣佑『ちはやふる-上の句-』『ちはやふる-下の句-』

新人賞以外はこの中から「最優秀」を選ぶことになりますが、「予想」ではなくて、わたしの「希望」を記しておきましょう。


最優秀作品賞
『湯を沸かすほどの熱い愛』

最優秀アニメーション作品賞
『この世界の片隅に』

最優秀監督賞
李相日『怒り』

最優秀主演男優賞
綾野剛『日本で一番悪い奴ら』

最優秀主演女優賞
宮崎あおい『怒り』

最優秀助演男優賞
森山未來『怒り』

最優秀助演男優賞
広瀬すず『怒り』

理由としては、「賞を獲ることでさらにやる気を増してほしい」と、これですね。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、花」篇。2017年1月22日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、花」篇。

ミリアム・ウルド・ブラムの怪我と
はち切れんばかりに咲いている
ラナンキュラス
それを見た
うどんげがこう言った

さては南京玉すだれ



・・・・・・

ぼくの素敵なネコは
それこそ花よりも
花らしい
素敵なネコさ!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2017年1月22日 [愛の景色]

(君のすべてへの愛)

ぼくが指先で言葉を描き
君がその意味をパーフェクトに
受け取れるように

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末尾ルコ詩D「猫、植物」篇。覚醒せよ、ウジニー・ブシャール!!わたしは「ジニー(ジェニー)・アーミー」ではないけれど。 [吉高由里子]

★「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉[ハート]

★ 「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
★ 「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!

[スペード]現在実験的にブログをつついています。
? その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。

●末尾ルコ詩D「猫、植物」篇。

「猫、植物」

ある種の植物の強靭さを
ぼくは見習いたい
何の手も借りずに
自らの力で
美と強健を実現する
ある種の植物たちの

・・・・・・

もちろんその強靭さを
ぼくの素敵なネコのために!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

●覚醒せよ、ウジニー・ブシャール!!わたしは「ジニー(ジェニー)・アーミー」ではないけれど。

末尾ルコ「テニス観戦で知性と感性を鍛えるレッスン」

ウジニー・ブシャール。
カナダの美人テニスプレイヤー。
ノーブルでやや硬いけれど、非の打ち所がない整った顔立ち、そして均整の取れた美しいプロポーション。
マリア・シャラポワほどの爆発的なスター性には至らないまでも、女子テニス史屈指の大スターになれるポテンシャルを感じないと言えば嘘になる。
実績さえ伴えば。
ウジニー・ブシャール。
しかし1994年2月25日生まれとまだ若い。
アンゲリク・ケルバーは20代後半でその実力を開花させた。
ウジニー・ブシャールはああ見えて178cmの身長にも恵まれ、体力も十分である。

2014年の活躍はあまりに見事だった。
全豪でベスト4、全仏でもベスト4、そしてウィンブルドンでは準優勝。
WTAランキングは5位まで上昇する。
しかしその後、高まる一方の世界からのプレッシャーのために摂食障害を起こし長期欠場。
復帰後もパッとしない。
問題の一つは、ブシャールはランキングを落としっ放しでも女子テニス界屈指の人気があること。
現にまったく活躍できなかった2016年も、WTAの年間人気ランキングで6位という上位に位置した。

ウジニー・ブシャールの場合、「テニスに対しる適切な精神的距離を会得」すれば、再び大活躍し、女子テニス界の歴史上屈指のスターと、遂にはなれると思うのだが。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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●全日本プロレス「オープン選手権」と猪木VSビル・ロビンソンの1975年。その1 [「言葉」による革命]

●全日本プロレス「オープン選手権」と猪木VSビル・ロビンソンの1975年。その1

末尾ルコ「プロレス観戦で知性と感性を鍛えるレッスン」

わたしがティーンエイジャー(笑)の頃にアントニオ猪木の熱烈なファンだった最大の理由は実に明白で、「異種格闘技戦がめちゃめちゃ好きだった」からです。
今振り返っても猪木の行った異種格闘技戦は、アリ戦やアクラム・ペールワン戦のような、ある意味現代のMMAよりもスリリングな内容の試合もあれば、ミスターX戦のような、プロレスとしても大失敗に終わった試合もあり、しかし考えてみれば、「異種格闘技」と同様に銘打った試合でも、「まったく内容・内実が違う」のが猪木の凄さだったという見方も可能です。
ただ、そんな異種格闘技戦を華々しくスタートさせたウィリエム・ルスカ戦の頃は高知で新日本プロレスを観ることはできなかった。

まあそれはさて置いて、1975年にはアントニオ猪木の名勝負の一つとして語り継がれるビル・ロビンソン戦が行われているわけですが、もちろん高知ではテレビ観戦できなかった。
『週刊ファイト』などで「猪木VSビル・ロビンソン」を「世紀の対決」だと盛り上げていたけれど、ビル・ロビンソンの試合も観たことなかったわたしはその重要性に気付かなかった。
まあ、まだ頑是ない少年だったという時期でもありますが。
その代わりではないけれど、全日本プロレスがぶち上げた「オープン選手権」には心が躍った。
入場式に、ドリー・ファンク・ジュニア、ハーリー・レイス、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ドン・レオ・ジョナサン、ダスティ・ローデスら豪華な「世界の強豪レスラー」がずらりと揃う。
あのワクワク感は、「世界の強豪」という幻想が無くなった平成のプロレスファンには理解し難いところでしょう。(つづく)


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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「漫画もたまにはいいじゃない」~「北斗の拳」と「バガボンド」の違いについて、少しだけ。2017年1月22日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「漫画もたまにはいいじゃない」~「北斗の拳」と「バガボンド」の違いについて、少しだけ。

「北斗の拳」って、たまに読み返したくなりますね。
え?そうでもない??
ま、わたしここ1年くらい、漫画は「子連れ狼」と「北斗の拳」くらいしか読んでないもので。
「北斗の拳」のいいところって、「馬鹿パワー」です。
この場合は「愉快な馬鹿」です。
気取った漫画にしようというところがないのがいい。
どこまでもおふざけ。
基本姿勢がおふざけ。
出鱈目で何ら恥じるところがない。
そんな中で、かなりのパワフルさがあり、ちょっとした美学がある。
かなりマッチョな美学だけれど、それはそれで一つの価値観ではある。
害のあるマッチョはダメだけれど、害のない、あるいは「世の中に資するマッチョ思考」というものもあります。
「すべてのマッチョ=男尊女卑」といものでもないのですね。

それはさて置き、
「北斗の拳」がけっこういつまでも痛快に読めるのは、
「真面目にならない」
「出鱈目で押し通す」
「気取らない」
「ギャグが巧妙である」
といった要素によるものでしょう。

例えば「バガボンド」なんか、吉岡道場70人以上を殺した後の宮本武蔵が延々と悩んでいた。
そもそも「70人以上をいちどきに殺す」という無茶な設定にしておいて、その後延々と「悩ませる」のが気持ちよくない。
多くの「宮本武蔵もの」で描かれた「VS吉岡道場70人以上」の戦いは、大将としてまつりあげられていた子どもを真っ先に殺して後はトンズラこくという話にしている。
内田吐夢の傑作映画「宮本武蔵」シリーズでもそうでした。
その代わり、中村(萬屋)錦之助演じる武蔵が(子どもを真っ先に殺してしまった)ことについて悩むのです。
ただそれも、結局は「修羅道」を進む剣士として咀嚼してしまう。
「五輪書」を読んでも武蔵が非常に深く思考する人間であることは明らかですが、「風津野青年」のように悩む姿は似合わない。
もちろん「70人斬り」なんてありえないですが。

「北斗の拳」の登場人物は悩まない。
悩んでるようなコマもなくはないけれど、

殺してスカッ!
殺されてスカッ!
スカッ!スカッ!スカッ!

と、心地よく読めるわけです。

(漫画だから、ですよ!)


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