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●あまりに美しかった、アントニオ猪木の「ブリッジ・ムーヴ」について。 [「言葉」による革命]

●あまりに美しかった、アントニオ猪木の「ブリッジ・ムーヴ」について。

末尾ルコ「プロレスの話題で知性と感性を鍛えるレッスン」

実はわたし、かつてずっと、「アントニオ猪木はレスリングも超一流なのだろう」と思い込んでいた。
ここで言う「レスリング」とは、いわゆる「アマチュア・レスリング」のことである。
ある時プロレス雑誌で松浪健四郎が「猪木派レスリングができない」旨のコラムを書いていて、(え?そうなのか??)と非常に意外に感じたものだ。
現在ならばネットで調べれば、プロレスラーになる前の猪木に格闘技の経験がないことは一目瞭然だし、以前であってもそのような情報は目にしていたのだと思うけれど、どういうわけかわたしはずっと、「猪木はレスリングも超一流だ」と思い込んでいた。
しかし、「どういうわけか」と書いているが、実はその理由はわたし自身がよく知っている。

答えは、「ブリッジ」だ。

恐らくアントニオ猪木は日本プロレス史上、最も美しいブリッジをするレスラーだった。
そしてわたしは、ブリッジを得意とするレスラーは、「アマレスでも一流」と思い込んでいたのだ。
もちろんアマレスでもブリッジの技術は存在する。
しかし猪木が特にテクニカルな試合中に見せていたブリッジは、「試合の見せ場の一つ」としてのブリッジであり、「レスリングができる・できない」とはまったく関係ないものだった。
つまり猪木は、「美しく弧を描くブリッジ」に独自の価値を創造していたのだ。

猪木が首と両脚のみで支えるブリッジをしながら、手は上から圧し掛かる相手レスラーと組み合っている。
上から圧力をかける相手に対し、猪木はじりじりと首をマットから上げ、足腰と背筋の力だけで相手の上半身を持ち上げ、遂には立ち上がって、相手を倒す。
(何て、凄いブリッジ力なんだ!)といつもワクワクしていたものだ。
もちろん現在では、「上のレスラーの引き上げる力」抜きでそんなムーヴはできないことを知ってはいるが。

〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、プーシキン」篇。2017年5月30日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、プーシキン」篇。

「猫、プーシキン」

ロシアで
プーシキンと
レールモントフが
決闘したという話
いやそれは
レールモントフと
プーシキンが
決闘したというわけではなく
それにしても
これだけの文豪が、
決闘で命を落としていた
そんな時代のロシア

・・・・・・

ぼくの素敵なネコのためなら
どんな決闘でも
生き抜いてみせるぜ!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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●「ブリジット・マクロン夫人、あるいは魅力的なフランス人女性のようになるために」 [あるいは魅力的なフランス人女性のようになるために]

●「ブリジット・マクロン夫人、あるいは魅力的なフランス人女性のようになるために」

末尾ルコ「魅力的な女性の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

フランス大統領エマニュエル・マクロンの夫人ブリジット・マクロンが日本でも大いに注目を浴びている。
当然浴びるだろう。
とりわけ日本の女性たちに。
なにせフランス大統領夫人であり、本人は60代で、大統領は20歳以上年下の39歳。
そして、「なにせフランス」である。
近年の日本、特に男性の中に「フランス嫌い」のような人たちが増殖しているが、これはあからさまに劣等感の裏返しの場合が多く、いろいろ理屈を付けていてもその根底には、「何がフランスだ、ヘン、てえしたことねえやい!」といったかなり幼児的なメンタリティが見え隠れする日本人男性が多い。(すべての日本人男性ではありません←一応フォロー)
まあ、たいがいそういった男性たちは「モテない人生」を歩んでいる場合が多いのだろうが(←あくまで仮説です←一応フォロー)、女性誌を手に取ってみたまえ!
いまだ「フランス情報てんこ盛り」である。
しかし誰もがブリジット・マクロンのようになれるわけではない。(←これぞ真実)
そしてブリジット・マクロン夫人の魅力を「ブリジット・マクロン夫人のみ」の話にしていてはつまらない。

と言うわけで、「ブリジット・マクロン夫人、あるいは魅力的なフランス人女性のようになるために」というテーマで随時記事を書いていこう。

※注・・・わたし自身は、世界で最も日本人女性が好きです。だからこそ、「いいものはどんどん取り入れて」、ますます魅力的になってほしいわけなのです。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「腋毛画像」検索で「腋毛画像」などないこのブログまでやって来た方にお薦めしたいこと。2017年5月29日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「腋毛画像」検索で「腋毛画像」などないこのブログまでやって来た方にお薦めしたいこと。

世の中、

「腋毛画像」なんていうものに興味を持つ人が少なくないようですね。

少し前にソフィー・マルソーの「腋毛騒動」から、映画の中の腋毛などについて書いたら、わざわざ

「腋毛画像」という検索ワードで当ブログへ来てくださる人がいて、
もちろんご存知の通り、わたしのブログは

「腋毛画像」どころか、「画像」は一切載せていません。
いろいろ画像を載せた方がアクセスは増えるのでしょうが、

わたしのブログは言葉だけ!

が重要なポリシーですから。

「言葉だけで大きなアクセスを取る」のが目標です。

もちろん闇雲なアクセスアップを狙うのではなく、あらゆる意味で「よき内容を」ということですが。

それにしても「腋毛画像」検索でこのブログまで辿り着いた方は、きっといつも「腋毛画像」で検索し、様々なサイトを訪問しているのでしょう。
わたし自身は「腋毛」に対し、特に執着もなく、特に思い入れもありません。
ただ、「腋毛画像」に強い興味のある方には、

ぜひルキノ・ヴィスコンテ監督『イノセント』を鑑賞することをお薦めします。

「単なる腋毛好き」に留まらないように。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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●二階堂ふみを嫌い、Yahooコメント欄でディスる人たちと「ネットいじめ」との関係は? [吉高由里子]

●二階堂ふみを嫌い、Yahooコメント欄でディスる人たちと「ネットいじめ」との関係は?

末尾ルコ「社会観察で、知性と感性を鍛えるレッスン」

Yahooコメント欄の利用方法、もうお分かりですね。基本的に、「書き込み」なんてするべきではないけれど・・・いや、この件について詳しくはメルマガなどで書きましょう。
Yahooコメント欄を見ると、どんな人が「コメント欄に馬鹿な書き込みをする人に嫌われる傾向にある」かかなり分かります。二階堂ふみもその一人ですね。
どんな話題の記事であっても、そのコメント欄にはずらり否定的な書き込みが並びます。肯定的な書き込みなど、探すのが難しいほどです。
そしてもちろんそれらコメントを書いた人たちのほとんどは、二階堂ふみ出演の映画を観ていません。せいぜいちょこっとテレビドラマで見たとか、ちょこっとバラエティー番組で見たとか、あるいは雑誌で見かけたとか、その程度です。
その程度の認識で、(こいつムシが好かない)と決め付け、それだけでは飽き足らず、わざわざコメント欄に益体もない罵詈雑言を書き込むのです。
こういう人たちって、「ネットいじめ」とかも楽勝でやってそうですね。

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●ついにわたしは見出した!リンリン・ランランとゴールデンハーフのあまりの相違点を!あるいは、杜このみ『残んの月』。 [「言葉」による革命]

●ついにわたしは見出した!リンリン・ランランとゴールデンハーフのあまりの相違点を!あるいは、杜このみ『残んの月』。

末尾ルコ「音楽の話題で知性と感性を鍛えるレッスン」

最近リンリン・ランランを観て、その得も言われぬ不可思議感に軽い頭痛を催しつつ5月の夜を眺めたわたしであるが、凝りもせずにゴールデン・ハーフの動画を視聴してしまうとはいかなる仕儀かと思わなくもないが、実のところそんな壊れた自分が嫌いではないのがわたしなのである。
日本人は「自己否定」感覚の人が多いのであるが、自己中心とか過度なナルシシズムでなければ、基本は「自分が好き」であるべきだと常々思うわけです。
あなたも「自分を好き」になってくださいね。
と言ったお話をするつもりで書き出したわけではなく、「杜このみの『残んの月』がいい!」と主張するつもりで書き出したわけでもなく、いや、それは実際「いい」のだけれど、この度ゴールデン・ハーフを視聴することで、子ども時代に曖昧だった事実を発見したのである。
つまり、
「ゴールデン・ハーフとリンリン・ランランはぜんぜん違う!」
・・・・・・
すごく馬鹿馬鹿しいことを書いてしまった気もするが、わたしの中でずっと曖昧に(似たようなもの)だったリンリン・ランランとゴールデン・ハーフの相違が明確になった瞬間なのである。
その相違を簡単に言えば、リンリン・ランランは「原則イロモノ的」であるのに対し、ゴールデン・ハーフは「かなり本格ポップグループ的」だということだ。
プロポーションも、リンリン・ランランが小柄で「ずどん」とした体形なのに対し、ゴールデン・ハーフはスラリとしてしかも十分にセクシーである。
ゴールデン・ハーフの持ち歌は米国ポップスのヒット曲のカバーが多く、当然楽曲はいいわけで、しかも「ゴールデン・ハーフのアダムとイヴ」などはベースラインの音も本格的だし、振り付けも大人のテイストに満ちていて観応えがある。
まあ、どうやらステージでは口パクのようではあるが。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、アステカ」篇。2017年5月29日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、アステカ」篇。

「猫、アステカ」

高知市薊野にある


アステア
アステカ
アスワンハイ・ダム
とととと
トルコの
エルドワン

高知市薊野にある


・・・・・・

ぼくの素敵なネコのために
世界のどんな理不尽も
許さない構えさ!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)


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[ダイヤ]「言葉」による革命・「美」による革命[ダイヤ]  「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」高知(土佐)薊野より全国、世界へ ●「読み」「書き」「語る」、その愉悦と「人間力」の向上。2017年5月28日 [「言葉」による革命]

※2017年7月18日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。

●〈「言葉」による革命〉・・・「言葉の戦士」訓練&「真の恋愛講座」~「読み」「書き」「語る」、その愉悦と「人間力」の向上。

「人間力」なんていう「新語風」で「愛枚」な言葉は好きではないけれど、便宜上使うこともあります。
「新語・流行語」の扱いと言いますか、「自分の言語生活へ導入するか否か」は常に慎重な検討の下に決定するべきである。
というわたしの考えは折に触れてお話していますが、あなたはどうしていますか?
人間は「どんな言葉や表現を使っているか」で、互いに相手のかなりの部分を評価し合っています。
「新語・流行語」を濫用している人って、普通は「知的に見えない」ものです。
もちろん「使ってはいけない」とは言いません。
しかしぜひ覚えておいてほしいのが、

「批判的に選択し、使う」です。

ご自分の精神活動の中で、これができているかいないかで、同じように「新語・流行語」を使っても、まったく違って印象になります。

(続きは有料メルマガでお願いします)

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[ダイヤ]末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、▲「新たなる教育機関」です。

[ダイヤ]末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、より多くの方が「新たなる日本人」として人生を思う存分生き抜いていただくための、「末尾ルコだけに可能」な

▲「新たなる教育機関」です。

毎日当ブログを訪問し、お読みくださるだけで、「新たなる日本人」としての資質が身に付いていきます。

▲感覚・感性・知性・理性を中心に、そして非認知能力(スキル)」をも鍛錬します。

有料メルマガを購読いただければ、さらに深く、より強力に「新たなる日本人」として、あなたは日々成長していくことができます。

注1 「読む」という行為にも様々な方法があり、どんな方法を使うかによって「成長」の度合いも違います。「方法」に関しては、当ブログ、そして有料メルマガで適宜お伝えしていきます。

注2 末尾ルコによる「新たなる教育機関」に年齢性別学歴職種などの制限はありません。「誰も」が「今すぐ」に「新たなる日本人」としての第一歩を歩み始めることができます。 

注3 当然ながら、「効果」には個人差があります。しかしより正確にお読みいただければ、間違いなくほとんどの方に「効果」が出てきます。

●〈「言葉」による革命〉・・・その基本的かつ画期的方法論。

〈「言葉」による革命〉の基本的方法論の優位性を記しておきます。

まず、
1どこにいても、その場所でいながらにして参加できる。
2どんなに忙しくても参加できる。
3老若男女、どなたでも参加できる。
4「趣味」「生きがい」として始めても、それが強固な社会貢献に結び付く。


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