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●イオン高知のTOHOシネマズ高知のショップは、開店時間が短い、スタッフがいない時間がある。 [「言葉」による革命]

●イオン高知のTOHOシネマズ高知のショップは、開店時間が短い、スタッフがいない時間がある。

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

はい。
つまり、

イオン高知のTOHOシネマズ高知のショップは、開店時間が短い、スタッフがいない時間がある。

なのですが、おそらく人員削減などのためかとも想像するのだけれど、映画館を運営するサービスとして非常にいただけない。
この件は今後もじっくりやります。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「衣笠貞之助『歌行燈』は邦画史上屈指の恋愛映画である」。2017年11月8日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「衣笠貞之助『歌行燈』は邦画史上屈指の恋愛映画である」。

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」

たまに思い出すのだが、かつて日本で世間的にも「恋愛映画の象徴」的存在だった『ある愛の詩』がいつしかほとんど顧みられなくなっている。
わたしはもちろん(笑)『ある愛の詩』のファンではなかったが、取り敢えず世間的にはずっと「恋愛映画の象徴の一つ」として観賞され続けていくものかと思っていたが、まるでそうではなかった。
もちろんどんな映画でも、「突然の再評価」はあり得るのだけれど、少なくとも現在のところ、『ある愛の詩』を熱く語る人たちは多くない。
あまりに人口に膾炙し過ぎたフランシス・レイのテーマ曲も、今の時代にどこかで流れていたら、ちいとばかり滑稽にさえ聞こえそうだ。
「映画の名言」の一つとしてしょっちゅう取り上げられていた、
「愛とは決して後悔しないこと(Love means never having to say you're sorry)」という台詞も滅多に顧みられることがない。

そう言えば、「日本だけでヒットした」ことで知られる『小さな恋のメロディ』も昨今顧みられることはない。
わたしこの作品、子どもの頃に観たけれど、驚愕の甘ったるい展開に子どもながら身の置き所がなかった。

なんでこんな話をしているかと言えば、衣笠貞之助監督『歌行燈』が、恋愛映画としても実に実に見事であるからだ。
「恋愛のエッセンス」とでも言おうか、既に子どもではない(笑)わたしの心が物凄い力で揺さぶられるのだ。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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●あなたに使ってほしい、「楽しいボキャブラリー」を増やす♪ [「言葉」による革命]

・あなたに使ってほしい、「楽しいボキャブラリー」を増やす♪

末尾ルコ「語彙(ボキャブラリー)強化で、知性と感性を鍛えるレッスン」

とっ捕まえて!
ふん縛っちゃって!
とっちめて!

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●映画史上頂点の「官能女優」は既に決まっている?ラウラ・アントネッリ、あるいは泉じゅんは? [「言葉」による革命]

●映画史上頂点の「官能女優」は既に決まっている?ラウラ・アントネッリ、あるいは泉じゅんは?

末尾ルコ「映画とエロティシズムの話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

例えばわたしは米国の雑誌『プレイボーイ』のいわゆるプレイメイトが側にいても、「まったく変化しない(←栗山千明共演某ドラマの松重豊風に)」と断言できる。
もちろん「真の愛を探求する男」であるわたしなのだから(コホン←咳払い)、現在は「愛する人」相手以外で心にも身体にも変化が起こるはずもないけれど、例えばティーンの頃に側に泉じゅんがいたら、どうなっていたか分からない。
そんなにどこにでも「泉じゅん」がいたら世話はない・・・という前提はさて置いて。
それほどまでにかつての泉じゅんの放つ煽情性、誘惑感は強烈だった。

今見ると泉じゅんは大人の顔をしている。
いわゆる「アイドル顔」には程遠いのだが、男子中高生にとっては、「憧れの大人の女性の顔」といったところか。
淫乱性や性的なだらしなさといった雰囲気は、まずは感じさせられない。
十分に常識とか分別とかを感じさせてくれる面立ちなのである。
ところが(?)その肢体はあまりにも理想的にエロティックで猛烈な色香を放っている。
身長は高過ぎず低過ぎず、身体バランスは細過ぎず太過ぎず・・・本当はもっと詳細に描写したいところだが、ブログという開かれた場であまりやり過ぎる(笑)と何なので、メルマガか何かでまたやるとしよう。
とにかく当時の泉じゅん、スゴいんです。

とは言え、どんな相手に性的関心を持つかは個人的嗜好の要素があまりに大きいので、「泉じゅんが万人に対して猛烈に煽情的」とまでは言いません。

ただ一般的に、プレイメイトに欲情を感じる米国人男性と、着物姿の女性のうなじなどに魅惑されてきた日本人男性とでは、その嗜好に大きな隔たりがあるのは間違いないところだ。
例えばわたしの「好み」を一つ書かせていただくと、「腰の位置が高過ぎる」女性は、容姿的には興味の外になってしまう。
他にもいろいろと個人的「好み」はあるのだけれど、そういうことをいきなりずらずら並べるほどわたしも図々しくはないので、今回はここまでにしておこう。

グローバルな視点(笑)で「官能的女優」を語るのであれば、わたしの選ぶ「史上最高の官能女優」は、そうもうお分かりですね、

『青い体験』のラウラ・アントネッリ 

である。

これは昭和からの洋画ファンの多くは頷く人選(笑)であるのは間違いないが、ラウラ・アントネッリであれば、その抜群の官能的容姿、顔も肢体も、日本を含め世界のどこでも(なんて官能的な女性なんだ)と共感を呼ぶに違いない。

『青い体験』はYouTubeでも多くの動画が上がっているが、日本語吹き替えで、既に神話的な「脚立シーン」が含まれているのが次の動画だ。
視聴して眠れなくなる可能性もあるので(笑)、そこは「自己責任」でお願いします。

https://www.youtube.com/watch?v=u14BNMIFLJs

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、豪気」篇。2017年11月8日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、豪気」篇。

「猫、豪気」

あぞうのが
薊野たる
あぞうのが
世界の中心になるなんて
なかなか豪気な構想じゃないか

・・・・・・

ぼくの豪気な部分は
真っ先に
ぼくの素敵なネコのため!

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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