「言葉」による革命・「美」による革命 「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」高知(土佐)薊野より全国、世界へ ●2018年、「言葉の戦士」の道へ決意をしましょう。2017年12月24日 [「言葉」による革命]
※2018年1月12日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。
●〈「言葉」による革命〉・・・「言葉の戦士」訓練&「真の恋愛講座」・・・2018年、「言葉の戦士」の道へ決意をしましょう。
はい。
2018年に向けて、「言葉の戦士」の道へ決意をしましょう。
2017年から2018年へ。
できたこと、できなかったこと、そしてこれからやりたいこと・・・様々な希望、志がおありでしょう。
そしてぜひ、「2018年の目標」に「言葉の戦士」への道へ入ることを加えてください。
「言葉の戦士」の道へ入ることが、そのほかの様々な希望、志が実現する大きな力ともなるのです。
まず、「言葉の戦士」という言葉と概念を、「特殊なもの」と思わず、あなたの人生の中で「当然のもの」と捉えられるようにしてください。
(続きは、有料メルマガでお願いします)
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はい。
2018年に向けて、「言葉の戦士」の道へ決意をしましょう。
2017年から2018年へ。
できたこと、できなかったこと、そしてこれからやりたいこと・・・様々な希望、志がおありでしょう。
そしてぜひ、「2018年の目標」に「言葉の戦士」への道へ入ることを加えてください。
「言葉の戦士」の道へ入ることが、そのほかの様々な希望、志が実現する大きな力ともなるのです。
まず、「言葉の戦士」という言葉と概念を、「特殊なもの」と思わず、あなたの人生の中で「当然のもの」と捉えられるようにしてください。
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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「『ナイトクローラー』を演ずるジェイク・ジレンホールの目」&『きことわ』と『ブリタニキュス』。2017年12月24日 [「言葉」による革命]
●末尾ルコ「『ナイトクローラー』を演ずるジェイク・ジレンホールの目」&『きことわ』と『ブリタニキュス』。
末尾ルコ「映画と読書で知性と感性を鍛えるレッスン」
冬の某日。
それは夜のこと。
仮眠の後ふと目覚め、枕元に置いてあった薄い文庫本を手に取り、それはジャン・ラシーヌの『ブリタニキュス』であり、何ページか読んだ。
さらにそのそばに置いていたまたしても薄い文庫本、それは朝吹真理子の『きことわ』であり、何ページか読んだ。
10分ほどだけれど、とてもいい時間だつた。
こんな時間の使い方もある。
10分が10分で亡くなる。
『ナイトクローラー』のジェイク・ジレンホール。
いつも以上に目が凄い。
気色悪いくらい凄い。
ふと『狼たちの午後』くらいのアル・パチーノを思い出すけれど、全然違いもする。
気色悪いほどの目。
普段より殺げている頬。
夜に蠢く卑劣なパパラッチどもに相応しい外見だ。
ジェイク・ジレンホールの演ずるパパラッチは良心なんぞ一切持ち合わせないし、一向に芽生えもしない。
しかしこれはパパラッチの世界だけでなく、一般の仕事の人間にもいる、良心なんぞ一切持ち合わせてない手合い。
●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!
末尾ルコ「映画と読書で知性と感性を鍛えるレッスン」
冬の某日。
それは夜のこと。
仮眠の後ふと目覚め、枕元に置いてあった薄い文庫本を手に取り、それはジャン・ラシーヌの『ブリタニキュス』であり、何ページか読んだ。
さらにそのそばに置いていたまたしても薄い文庫本、それは朝吹真理子の『きことわ』であり、何ページか読んだ。
10分ほどだけれど、とてもいい時間だつた。
こんな時間の使い方もある。
10分が10分で亡くなる。
『ナイトクローラー』のジェイク・ジレンホール。
いつも以上に目が凄い。
気色悪いくらい凄い。
ふと『狼たちの午後』くらいのアル・パチーノを思い出すけれど、全然違いもする。
気色悪いほどの目。
普段より殺げている頬。
夜に蠢く卑劣なパパラッチどもに相応しい外見だ。
ジェイク・ジレンホールの演ずるパパラッチは良心なんぞ一切持ち合わせないし、一向に芽生えもしない。
しかしこれはパパラッチの世界だけでなく、一般の仕事の人間にもいる、良心なんぞ一切持ち合わせてない手合い。
●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!
●第75回ゴールデングローブ賞(2018)ノミネーションを素材に、映画の現状と2018年を展望。その6.ジェシカ・チャステインとミシェル・ウィリアムズのプチ研究。 [「言葉」による革命]
●第75回ゴールデングローブ賞(2018)ノミネーションを素材に、映画の現状と2018年を展望。その6.ジェシカ・チャステインとミシェル・ウィリアムズのプチ研究。
末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」
第75回ゴールデングローブ賞(2018)の映画主演女優賞(ドラマ部門)で
ジェシカ・チャステインとミシェル・ウィリアムズがノミネートされている。
ジェシカ・チャステインは、『Molly’s Game(原題)』で。
ミシェル・ウィリアムズは、/『All the Money in the World(原題)』。
わたしはゴールデングローブ賞だけでなく、2018年アカデミー賞主演女優賞もこの二人のうちのどちらかに獲得してもらいたいと思っている。
なぜならばここ数年、ハリウッド女優としてはこの2人に常に楽しませてもらっているし、そして二人ともアカデミー賞ノミネートはあるけれど、まだ戴冠までには至ってないのだ。
そしてもちろん、ジェシカ・チャステインとミシェル・ウィリアムズが現代世界映画界をリードする映画女優であることも間違いない。
末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」
第75回ゴールデングローブ賞(2018)の映画主演女優賞(ドラマ部門)で
ジェシカ・チャステインとミシェル・ウィリアムズがノミネートされている。
ジェシカ・チャステインは、『Molly’s Game(原題)』で。
ミシェル・ウィリアムズは、/『All the Money in the World(原題)』。
わたしはゴールデングローブ賞だけでなく、2018年アカデミー賞主演女優賞もこの二人のうちのどちらかに獲得してもらいたいと思っている。
なぜならばここ数年、ハリウッド女優としてはこの2人に常に楽しませてもらっているし、そして二人ともアカデミー賞ノミネートはあるけれど、まだ戴冠までには至ってないのだ。
そしてもちろん、ジェシカ・チャステインとミシェル・ウィリアムズが現代世界映画界をリードする映画女優であることも間違いない。
●「大晦日に朝青龍VSボブ・サップ」???という情報から、「ヒョードルVS小川直也」などめくるめく華麗な記憶を展開するわたしです(←山田姉妹「みずいろの手紙」風に)。 [「言葉」による革命]
●「大晦日に朝青龍VSボブ・サップ」???という情報から、「ヒョードルVS小川直也」などめくるめく華麗な記憶を展開するわたしです(←山田姉妹「みずいろの手紙」風に)。
末尾ルコ「格闘技の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」
「大晦日に朝青龍VSボブ・サップ」とかいう情報があったから、(ち、またRIZINが下らんくとを・・・)と不快さに地団太を踏みそうになった(←かなり盛った描写)が、地上波のテレビではなくてインターネットテレビのAbemaTVで、しかも「朝青龍を押し出したら1000万円」という企画の中の話だというから、まあこういう「お遊び」なら「ご勝手に」というところだ。
今はRIZINの地上波放送があってもほとんど観てないが、なにせ精神衛生上よろしくない事象が多いし、最近は同時間にBSで歌番組を録画することも多いのであるし。
基本的にわたしはテレビ放送を放送中に観ることは、ニュースとテニスの生中継くらいなのである。
地上波にせよBSにせよ、CMときたら、まったく精神衛生上極めて悪影響をもたらすものばかりだからね。
それでもたまには観ておかないと、「どのような悪質なCMが放送されているか」を知らなければ批判もできないわけだから。
立ち技女子格闘技選手としてのRENAにはある程度の魅力を感じはするけれど、山田姉妹とか丘みどりとかが裏番組へ出演している時にRENAを録画はしませんぜ。
わたしのDVD/BDプレイヤー、BDを読み込まなくなっているし、DVDの動きも怪しいし、HDDは常にほとんど満杯状態だし・・・HDDに山田姉妹の貴重な映像を録画していて、これをどうバックアップしようかと頭を悩ましているところである。
もちろん2番組同時録画はできない。
RENAは今のように狭い世界だけで戦っていても、まともな「女子格闘家」としてのドラマは立ち上がってこないのである。
それにしてもRIZINでやったボブ・サップVS曙は酷かった。
とうに格闘技の世界から遠ざかっている二人をリングに上げ、案の定動きは緩慢、すぐに曙の後頭部から出血し、延々とドクターチェックが続く・・・ボブ・サップVS曙が初めて対戦した時はエポックメイキングだったけれど、筒井康隆「走る取的」を読んだ者が持っていた「相撲取りは実は滅茶滅茶強いのだ」という幻想を完全崩壊させてくれた試合とはなった。
他にも高田延彦が北尾光司をハイキックでKOした試合もあって、「ブック破りの一戦」と見做す向きもあるのだけれど、UWFインターのリングで行われた試合でもあり、わたしはちょっと判断しかねている。
そして「金メダルを獲るほどの柔道家なら、パチモン総合格闘家などちょちょいのちょいだ」という幻想を完全崩壊させてくれたのが、「エメリヤーエンコ・ヒョードルVS小川直也」であることは言うまでもない。
あの試合、とても好きなんです。
全盛期のヒョードル絡みの試合はほとんど好きなのだけれど、「ヒョードルVS小川直也」戦の直前には、「小川幻想」が極限まで膨らんでいたのである。
『紙のプロレス』などを見ても、「小川優位」の意見が多かった。
今となってはお笑い種の「予想」だったのだけれど。
末尾ルコ「格闘技の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」
「大晦日に朝青龍VSボブ・サップ」とかいう情報があったから、(ち、またRIZINが下らんくとを・・・)と不快さに地団太を踏みそうになった(←かなり盛った描写)が、地上波のテレビではなくてインターネットテレビのAbemaTVで、しかも「朝青龍を押し出したら1000万円」という企画の中の話だというから、まあこういう「お遊び」なら「ご勝手に」というところだ。
今はRIZINの地上波放送があってもほとんど観てないが、なにせ精神衛生上よろしくない事象が多いし、最近は同時間にBSで歌番組を録画することも多いのであるし。
基本的にわたしはテレビ放送を放送中に観ることは、ニュースとテニスの生中継くらいなのである。
地上波にせよBSにせよ、CMときたら、まったく精神衛生上極めて悪影響をもたらすものばかりだからね。
それでもたまには観ておかないと、「どのような悪質なCMが放送されているか」を知らなければ批判もできないわけだから。
立ち技女子格闘技選手としてのRENAにはある程度の魅力を感じはするけれど、山田姉妹とか丘みどりとかが裏番組へ出演している時にRENAを録画はしませんぜ。
わたしのDVD/BDプレイヤー、BDを読み込まなくなっているし、DVDの動きも怪しいし、HDDは常にほとんど満杯状態だし・・・HDDに山田姉妹の貴重な映像を録画していて、これをどうバックアップしようかと頭を悩ましているところである。
もちろん2番組同時録画はできない。
RENAは今のように狭い世界だけで戦っていても、まともな「女子格闘家」としてのドラマは立ち上がってこないのである。
それにしてもRIZINでやったボブ・サップVS曙は酷かった。
とうに格闘技の世界から遠ざかっている二人をリングに上げ、案の定動きは緩慢、すぐに曙の後頭部から出血し、延々とドクターチェックが続く・・・ボブ・サップVS曙が初めて対戦した時はエポックメイキングだったけれど、筒井康隆「走る取的」を読んだ者が持っていた「相撲取りは実は滅茶滅茶強いのだ」という幻想を完全崩壊させてくれた試合とはなった。
他にも高田延彦が北尾光司をハイキックでKOした試合もあって、「ブック破りの一戦」と見做す向きもあるのだけれど、UWFインターのリングで行われた試合でもあり、わたしはちょっと判断しかねている。
そして「金メダルを獲るほどの柔道家なら、パチモン総合格闘家などちょちょいのちょいだ」という幻想を完全崩壊させてくれたのが、「エメリヤーエンコ・ヒョードルVS小川直也」であることは言うまでもない。
あの試合、とても好きなんです。
全盛期のヒョードル絡みの試合はほとんど好きなのだけれど、「ヒョードルVS小川直也」戦の直前には、「小川幻想」が極限まで膨らんでいたのである。
『紙のプロレス』などを見ても、「小川優位」の意見が多かった。
今となってはお笑い種の「予想」だったのだけれど。
〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、冒頭」篇。2017年12月24日 [「言葉」による革命]
●末尾ルコ詩D「猫、冒頭」篇。
「猫、冒頭」
その冒頭
何の?
『人間の土地』の
堀口大學が
訳した
それは、
「ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。」
・・・・・・
ぼくの素敵なネコのために
ぼくは毎日
勇気のレベルを更新する
(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)
「猫、冒頭」
その冒頭
何の?
『人間の土地』の
堀口大學が
訳した
それは、
「ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。」
・・・・・・
ぼくの素敵なネコのために
ぼくは毎日
勇気のレベルを更新する
(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)