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●山田姉妹へのメッセージ「あらわれ」 [「言葉」による革命]

末尾ルコ「音楽の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

山田姉妹のお二人の中に、「歌」のよきもののすべてが既に存在し、日々刻刻、新たな創造を続けているのです。
それはまだ空間の中に出ていない部分の方が広大で深く、そして今まさに起こっていることなのです。
昨夜また、その一つの「あらわれ」を経験させていただきました。
感激です!RUKO

・・・・・・

3月7日、山田姉妹ニューアルバム(セカンド)
『ふたつでひとつ〜心を繋ぐ、歌を継ぐ』発売です!!!

https://ameblo.jp/karei1224/
https://twitter.com/karei1224

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2017年2月13日 [愛の景色]

もうすぐわたしは
あなたにとても大切なことを
告げるだろう
それは一つや二つではなくて

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「ウディ・アレン、エマ・ストーン『教授のおかしな妄想殺人』のおもしろさをフランス語で説明する難しさ」その1。2018年2月13日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「ウディ・アレン、エマ・ストーン『教授のおかしな妄想殺人』のおもしろさをフランス語で説明する難しさ」その1

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」

友人のフランス人フェノン(仮名)とは世界で生じるほとんどのことについて語り合えるし、もちろん映画についても造詣が深く、立て板に水の如く持論を語ってくれる。
ただ、同時に当然ながら、映画の好みが共通することもあれば、異なるところもある。
その一つが「近年のウディ・アレン作品」であって、簡単に言えば、わたしは「とてもおもしろい」と思っているけれど、フェノンは「つまらない」と言うんですね、「退屈だ」と。
で、近年の「ウディ・アレン作品」というのは次のようなものですが、

『マッチポイント』
『タロットカード殺人事件』
『それでも恋するバルセロ』
『恋のロンドン狂騒曲』
『ミッドナイト・イン・パリ』
『ブルージャスミン』
『マジック・イン・ムーンライト』
『教授のおかしな妄想殺人』

うん。どれもおもしろい。
しかしフェノンは「退屈だ」と言うんです。
フェノンの言い分は、「お喋りばかりで、ストーリーが展開しない」と、だいたいそんなことを主張するのですが、わたしには異論があるけれど、それをフランスで的確に説明するのがまた難しいんです。

(ウッディ・アレンは現在「性的虐待問題」などで糾弾されているが、だからと言って、彼の作品まで糾弾するのは違うのではないか)


●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!


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●山田姉妹へのメッセージ「いのちの歌」 [「言葉」による革命]

末尾ルコ「音楽の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

実は数時間前、お二人が『日本名曲アルバム』で歌ってくださった「いのちの歌」を視聴しておりました。
派手な曲想ではないけれど、聴き込むほどに深く味わいが理解できる歌。
そしてどんな曲でも、お二人が歌えば、原曲のポテンシャルを超える瞬間が常にあるのです。RUKO

・・・・・・

3月7日、山田姉妹ニューアルバム(セカンド)
『ふたつでひとつ〜心を繋ぐ、歌を継ぐ』発売です!!!

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●10代の末尾ルコが作った恐るべき詩「ぼくのアリジゴク」とは? [「言葉」による革命]

●10代の末尾ルコが作った恐るべき詩「ぼくのアリジゴク」とは?

末尾ルコ「文学的虫の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

わたしは小学校進学前には近所の保育園へ通っていた。
保育園入園前は、両親の仕事時間は近所の知人宅に預けられていた。
特に親しい友人が二人いたが、一人は市立中学へ進んだのですっぱり縁が切れ、もう一人は同じ公立中学へ進んだが、長ずるに従って価値観も生活パターンもまったく異なっていることがあからさまになり、徐々に遠ざかっていった。
「近所の知人宅に預けられていた時代」以前のことはほとんど覚えてなく、しかしこうしていろいろ書いている内に何かおもしろい記憶が蘇ってくるのではないかという期待もある。
「虫」についてのお話もちょいちょいしているが、以前書いた「斑猫(ハンミョウ)」以上にわたしにとって特別な存在だった虫がいた。

「アリジゴク」である。

アリジゴク。

さらさらした柔らかめの地面に漏斗型の穴を掘り、その中で蟻を待ち受ける。
蟻らめが一旦その中に滑り込んでしまえばもうお終いだ。
漏斗状でさらさらした粉状の土でできた穴を登って逃れることは不可能だ。
待ち構えたアリジゴクの強靭な牙の餌食になるしかない。
わたしの家の庭でアリジゴクを見かけることはなかったが、これまた近所にいくつものアリジゴクの穴を見つけられる場所があった。
アリジゴクは水分を含む土壌では「地獄穴」を作れないから、日陰でしかも土壌がさらさらと乾燥している必要がある。
わたしはアリジゴクたちの「地獄穴」を見つけたら、飽くことなくそれを眺めていることができた。
時に穴からほじくり出して、手の平に含ませた。
暴れるアリジゴクの感触が手の平から脳に伝わり、こそばゆくもある種の心地よさがあった。
そんなアリジゴクの思い出を、ある時「詩」にしたことがある。
その詩の原文はもう残ってないが、だいたい次のようなものだった。

お題「ぼくのアリジゴク」

ぼくのアリジゴク
ぼくのアリジゴク
手の中でバタバタ
手の中でバタバタ
ぶちゅっ!
潰れてしまった、
ぼくのアリジゴク
クンクン
クンクン
くちゃい
くちゃい
くちゃいけど、いい匂い
くちゃいけど、いい匂い

ぼくのアリジゴク死んだ
ぼくのアリジゴク死んだ

・・・我ながら、(何かいてるねん!)と思わなくもないが、当時の友人たちにはけっこうウケた。
けれどこの詩に関して、いろいろと「若気の至り」的苦い思い出もなくもない。
しかしそうしたことについてはまだ今夜語りはすまい。

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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、時」篇。2018年2月13日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ詩D「猫、時」篇。

「猫、時」

「猫、

翼は待っていた
車輪も待っていた
この時を
武器たちも
待っていた
この時を

・・・・・・

待っている
そして時は来た

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

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