●〈「言葉」による革命〉・・・・「戦いの最前線」は、「家庭」・「カフェ」、そして「あなた」~「愛する人」が「望んでいること」、そして「望んでいる以上のこと」をする努力。2018年3月20日 [「言葉」による革命]
※2018年3月23日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。
●〈「言葉」による革命〉・・・・「戦いの最前線」は、「家庭」・「カフェ」、そして「あなた」~「愛する人」が「望んでいること」、そして「望んでいる以上のこと」をする努力。
はい。
「愛する人」が「望んでいること」、そして「望んでいる以上のこと」をする努力。
前回、もしあなたに「愛する表現者(歌手、俳優、作家、芸術家、バレリーナなど)」がいたら、その人を応援するためのもっとも大切な条件を挙げました。
それが、
「その表現者の創造するもの、意図をできるだけ深く理解すること」
でしたね。
例えば歌手であっても俳優であっても、いかに素晴らしい容姿をしていたとしても、その人が真っ当な表現者であれば、「(外見が)綺麗ですね~」だけで喜ぶはずがありません。
そういうこと、案外理解してない日本人が多いのですね。
(続きは、有料メルマガでお願いします)
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●〈「言葉」による革命〉・・・・「戦いの最前線」は、「家庭」・「カフェ」、そして「あなた」~「愛する人」が「望んでいること」、そして「望んでいる以上のこと」をする努力。
はい。
「愛する人」が「望んでいること」、そして「望んでいる以上のこと」をする努力。
前回、もしあなたに「愛する表現者(歌手、俳優、作家、芸術家、バレリーナなど)」がいたら、その人を応援するためのもっとも大切な条件を挙げました。
それが、
「その表現者の創造するもの、意図をできるだけ深く理解すること」
でしたね。
例えば歌手であっても俳優であっても、いかに素晴らしい容姿をしていたとしても、その人が真っ当な表現者であれば、「(外見が)綺麗ですね~」だけで喜ぶはずがありません。
そういうこと、案外理解してない日本人が多いのですね。
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山田姉妹へのメッセージ「逗子市」 [「言葉」による革命]
末尾ルコ「音楽の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」
読ませていただきました!逗子市・・・今やわたしにとって、「聖地」です。鎌倉市と葉山市の間に位置するのですね。念のため(笑)検索してみると、「現在の気温8℃」となっておりました。少し肌寒いくらいでしょうか。わたしは『ふたつでひとつ』を聴いてさえいたら、ぜんぜん寒くありません!RUKO
・・・・・・
3月7日、山田姉妹ニューアルバム(セカンド)
『ふたつでひとつ〜心を繋ぐ、歌を継ぐ』発売です!!!
山田姉妹の公式ブログ
https://ameblo.jp/karei1224/
山田姉妹の公式ツイッター
https://twitter.com/karei1224
読ませていただきました!逗子市・・・今やわたしにとって、「聖地」です。鎌倉市と葉山市の間に位置するのですね。念のため(笑)検索してみると、「現在の気温8℃」となっておりました。少し肌寒いくらいでしょうか。わたしは『ふたつでひとつ』を聴いてさえいたら、ぜんぜん寒くありません!RUKO
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3月7日、山田姉妹ニューアルバム(セカンド)
『ふたつでひとつ〜心を繋ぐ、歌を継ぐ』発売です!!!
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●今も怖いのか?笑ってしまうのか??つのだじろう『恐怖新聞』『亡霊学級』、あるいはハマープロ『ドラキュラ』、はたまた『大魔神』。 [「言葉」による革命]
●今も怖いのか?笑ってしまうのか??つのだじろう『恐怖新聞』『亡霊学級』、あるいはハマープロ『ドラキュラ』、はたまた『大魔神』。
末尾ルコ「映画と漫画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」
そう言えば(?)、コックリさんなどを少年少女に浸透させたのはつのだじろうだと言って差し支えないだろう。
つのだじろうの怪奇漫画・・・子どもの頃はメタメタ怖かった。
『恐怖新聞』『うしろの百太郎』、そして『亡霊学級』・・・どれもこれも怖くてビビりまくりだったが、特に『亡霊学級』は怖過ぎてこのコミックが家の中にあることに耐え切れず(笑)、隣の家に投げ込んで捨てたという素敵な思い出がある(笑)。
つのだじろうの怪奇漫画の怖さはやはりあの「画」にあったのだと思う。
特につのだじろうが描くあの女性の顔。
「つり目」そして「八の字に下がった眉」、そして何と言うのだろう、「湿っぽい日本人の怨念世界をそのままに現出させたかのような表情と雰囲気」・・・同じことをつのだじろう以外の画で描いてもあれほどは怖くならなかったに違いない。
とは言え、今読んだらどうなのだろう。
最近つのだじろうの『空手バカ一代』を少しだけ読んだけれど、怪奇系漫画はずっと読んでいない。
わざわざ今、『亡霊学級』を読むような酔狂はちょっとあまりと言えばあまりなので(笑)、やらないとは思うけれど、あの、子どもの頃には正視さえできなかったおどろおどろしい感覚にどれだけなるだろうという興味はある。
「怖い」と言えば、子どもの頃、平日の午後の時間などにテレビで『ドラキュラ』物の映画を放送していた。
多くがハマープロでクリストファー・リー主演の『ドラキュラ』だったのだと思うけれど、あれも怖かった。
ある程度の年齢になったから思い出し、(あんなの今観たら笑っちゃうだろうなあ)と確信していたのだが、実は数年前に『ドラキュラ』シリーズの一本を観たら、確かに「笑っちゃう要素」は多々あったけれど、案外怖いシーンもあった。
チープでポップなハマープロの『ドラキュラ』がなぜいまだに「怖い」要素を持っているかを考えてみるに、一つは「生の人間が作る表情や形態の生々しい不気味さ」ではなかったかと。
やはりそういうのは特撮では味わえないのではないか。
そしてチープで毒々しい照明がこれまた独特の禍々しさを醸し出している。
そこに「生の人間が作る表情や形態の生々しい不気味さ」が加わって、大人のわたしでも「怖い」と感じさせる映画としていまだに成立しているのではないか。
逆に、子どもの頃めちゃめちゃ怖かったが、最近鑑賞してイマイチと感じた映画として、『大魔神』がある。
いや、よくできた作品だとの思いは変わらないけれど、「怖い」とは感じなかった。
このあたりは、『ドラキュラ』は「大人向け」に作られており、『大魔神』は「子供を視野」に入れている、その違いもあるのだろう。
末尾ルコ「映画と漫画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」
そう言えば(?)、コックリさんなどを少年少女に浸透させたのはつのだじろうだと言って差し支えないだろう。
つのだじろうの怪奇漫画・・・子どもの頃はメタメタ怖かった。
『恐怖新聞』『うしろの百太郎』、そして『亡霊学級』・・・どれもこれも怖くてビビりまくりだったが、特に『亡霊学級』は怖過ぎてこのコミックが家の中にあることに耐え切れず(笑)、隣の家に投げ込んで捨てたという素敵な思い出がある(笑)。
つのだじろうの怪奇漫画の怖さはやはりあの「画」にあったのだと思う。
特につのだじろうが描くあの女性の顔。
「つり目」そして「八の字に下がった眉」、そして何と言うのだろう、「湿っぽい日本人の怨念世界をそのままに現出させたかのような表情と雰囲気」・・・同じことをつのだじろう以外の画で描いてもあれほどは怖くならなかったに違いない。
とは言え、今読んだらどうなのだろう。
最近つのだじろうの『空手バカ一代』を少しだけ読んだけれど、怪奇系漫画はずっと読んでいない。
わざわざ今、『亡霊学級』を読むような酔狂はちょっとあまりと言えばあまりなので(笑)、やらないとは思うけれど、あの、子どもの頃には正視さえできなかったおどろおどろしい感覚にどれだけなるだろうという興味はある。
「怖い」と言えば、子どもの頃、平日の午後の時間などにテレビで『ドラキュラ』物の映画を放送していた。
多くがハマープロでクリストファー・リー主演の『ドラキュラ』だったのだと思うけれど、あれも怖かった。
ある程度の年齢になったから思い出し、(あんなの今観たら笑っちゃうだろうなあ)と確信していたのだが、実は数年前に『ドラキュラ』シリーズの一本を観たら、確かに「笑っちゃう要素」は多々あったけれど、案外怖いシーンもあった。
チープでポップなハマープロの『ドラキュラ』がなぜいまだに「怖い」要素を持っているかを考えてみるに、一つは「生の人間が作る表情や形態の生々しい不気味さ」ではなかったかと。
やはりそういうのは特撮では味わえないのではないか。
そしてチープで毒々しい照明がこれまた独特の禍々しさを醸し出している。
そこに「生の人間が作る表情や形態の生々しい不気味さ」が加わって、大人のわたしでも「怖い」と感じさせる映画としていまだに成立しているのではないか。
逆に、子どもの頃めちゃめちゃ怖かったが、最近鑑賞してイマイチと感じた映画として、『大魔神』がある。
いや、よくできた作品だとの思いは変わらないけれど、「怖い」とは感じなかった。
このあたりは、『ドラキュラ』は「大人向け」に作られており、『大魔神』は「子供を視野」に入れている、その違いもあるのだろう。