「この蝉はもうダメだろう」
そう思った。
時間もなかったし、その時ぼくには(この蝉に何かしてやろう)という気持ちは起こらなかった。
子どもの頃は平気だった「無視を触る」という行為が、大人になってからは平気でなくなっているということもある。
そして2時間くらい経っただろうか。
ぼくはまた外出しようとコンクリートのガレージに出た。
羽化しかけの蝉はまだ同じ場所に転がっていた、脱ぎ捨てるはずの殻とくっついたままで。
(もう死んでいるのだろうか?)
ぼくは少しだけ軽く靴で弾いてみた。
すると・・だ。
蝉は飛び立ったのだ。
とても元気よく。
燃えるように暑い夏の空へ。