ミステリのトリックなどを純粋に楽しむようなことは、今はない。
だからわたしは「よきミステリ読者」とは言えないのだが、魅力的な登場人物、展開、描写、会話などに惹かれて読むことも多い。
レイモンド・チャンドラーについて説明する必要はないだろうが、結局フィリップ・マーロウに会いたいがためにたまに本を開くわけだ。
ストーリーには必ず陳腐な部分がある。
だいたい探偵が必ずピンチに堕ちいらなくてもいい・・とわたしは思う。
しかし次のような文章を含め、読んでいて嬉しくなるところは数え切れない。

  彼はセルロイドのホルダーを引き出して、私の運転免許証を調べてから、裏返して私のもう一つの免許証のコピーを見て、軽蔑の色をはっきり見せながらセルロイドのホルダーを紙入れにつっこみ、紙入れを私に反してよこした。

                                  レイモンド・チャンドラー 清水俊二訳