男の顔が急に輝いた気がした。その前に暗かったわけではないけれど、急に輝きを増したんだ。
「おれ、音楽は分からんけど」
ふんふん。
「昨夜は感動した」
何に?
「上原ひろみというジャズピアニストの番組を見たんだ」
おお!上原ひろみ!ぼくもアルバムはほとんど聴いている。
「ありゃあ、凄いねえ」

「音楽は分からない」という男の話が熱を帯びる。
ぼくまで嬉しくなって来るわけだ。なぜって、音楽が流れていないのに音楽の力を感じることができたのだから。
羨ましくもある。初めて聴いた人が顔を輝かせながら語らずにいられない芸術を創作できることが。
男は70歳。あらゆることを知っている人間なのだ。