●なんで『ハクソー・リッジ』を観に行って、『君の膵臓を食べたい』の予告編で、「泣き男」や「小栗旬のせつない表情」を目撃せねばならないのかという問題を語る。

末尾ルコ「映画の話題で知性と感性を鍛えるレッスン」

メル・ギブソン監督が「絶対に武器を持たない」という信念を持って衛生兵として入隊し、太平洋戦争の沖縄戦で多くの人命を救った実在の兵士を描いた『ハクソー・リッジ』を鑑賞に行って、それは評判以上予想以上の凄まじい映画だったのであり、きっとこの作品はわたしの生涯ベストの一本に入ると確信したわけだ。
もちろん米軍の視点で描かれているから、日本人にとっては複雑な感情を促すシーンは少なくないが、それは「視点の違い」であり、かつて『ディア・ハンター』で、ベトナム人の描かれ方を批判する向きも多かったし、それは一理あるけれど、しかしそれを持って作品そのものを全否定するのは、芸術のポテンシャルを貶めるものだと思う。

『ハクソー・リッジ』のお話も、他のわが生涯ベスト映画と同様に折に触れてやっていくけれど、ここではちょっと違う話である。
映画館へ行くと本編開始の前に予告編が流されるのだけれど、6月30日に『ハクソー・リッジ』へ行った時には、『君の膵臓を食べたい』の予告編が上映された。
しかし『ハクソー・リッジ』を鑑賞に来るような観客の誰が『君の膵臓を食べたい』の予告編を観て喜ぶというのだろうか。
いや、もちろん「『君の心臓を食べたい』も『君の心臓を食べたい』も好きだ#59021;」という方もいるだろう、日本は広いから。
しかし普通は、『ハクソー・リッジ』が好きな人と『君の膵臓を食べたい』が好きな人は被らないと思う。
と言うか、わたしなどは、超一流のご馳走を食べる前に、ヘンな食べ物を無理矢理口に突っ込まれたくらいの感覚がある。
また案の定、予告編の中でしっかり主演男優がビービー泣くシーンが挿入されているし。
おっと。「ビービー」というのは少々話を盛ってしまいましたが。
しかしこの映画、小栗旬も出ているけれど、予告編だけでも「顔中にせつないです」と大きく書いているような「せつない表情」を作っているわけだが、後でも観て、(恥ずかしい)とは感じないのか、それともこのような映画は自分では観ないのか?
実はわたしも数年前までは、(若手の有望俳優が出ていればチェックをしておくべき)という殊勝な考えの下に、こうしたヌルいティーン向け恋愛映画も観ていたけれど、我慢の限度を超えましたので、余程のことがない限り、スルーしております。

などということを、『ハクソー・リッジ』を観た翌日にメイト―の『なめらかプリン』を味わいながら考えていた俺なのさ。
ありがとう、メイト―の『なめらかプリン』さん#59021;