●覆面レスラーと言えば、ミスター・アトミック、そしてザ・デストロイヤーの美的にも優れた四の字固め。

末尾ルコ「プロレスの話題で知性と感性を鍛えるレッスン」

全日本プロレスがその初期に、ザ・デストロイヤーを「日本陣営」に加えることでファンの興味を極力引こうとしていたことはよく知られているが、確かにそれは、こと子どもだった私に関しては見事に成功していた。
なにせわたしはプロレスを見始めてからしばらく、全日本プロレスの「日本陣営」の中ではザ・デストロイヤーが一番好きだった。
なにせ「覆面してる人」なんて世の中にいなかったし、今でも普通は見かけない。
ところがプロレスのリングでは、覆面をして顔を隠し、堂々と試合をしているではないか。
子ども心が、(うおお!何てアウトローでパンクでイカシタ奴らがこの世界に存在しているんだ!おれはこの道を突き進むぞ!!)と熱烈に疼いたのも当然だろう。
しかしそれはわたしの父親がプロレス好きだったことも幸いだった。
親が賢しら顔で、「プロレスっていうのは八百長のショーで、頭のいい人が観るものじゃないんだよ」なんてのたまう家庭であれば、なかなかプロレスに熱中するわけにはいかなかっただろう。
立花隆が父親でなかったことに感謝だ。

日本のプロレス界に覆面レスラーとして登場し、観客や視聴者の度肝を抜いた第一号はミスター・アトミックとされている。
ミスター・アトミックは既に覆面の中に凶器を入れて頭突きをするという反則技で観客を沸かしていたというが、そうしたアウトローな試合ぶりが、何かにつけて「堅苦しい」方向へ流れてしまう日本人の精神の解放に一定の役割を果たしていたのは間違いないのではないか。
ザ・デストロイヤーと力道山の死闘は、「戦後史の一幕」として子どものわたしも知識としては十分知っていた。
特に白覆面もリング上も血に染めながら力道山に四の字固めをかけているザ・デストロイヤーを俯瞰で撮ったモノクロ写真のインパクトは凄まじく、試合後はシューズの紐を鋏で切らなければ四の字固めが解けなかったという逸話も、両者の脚の固まりぶりを見れば非常に説得力があった。
そしてその写真は、美的にも極めて優れたクオリティであると今でも十分に感じるのである。