●現在屈指の劇的表現者 藤あや子の「蘇州夜曲」。

末尾ルコ「音楽の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

8月はBSの歌番組に藤あや子がよく出演して愉しませていただいた。
藤あや子も現在最も成熟した聴き応え観応えある歌手=表現者の一人であり、できるだけ多く耳にした目にした一人である。
藤あや子がかつて私生活の話題でメディアを大いに賑わせたことはよく知られているが、その持って生まれたファム・ファタル的魅惑に加え、現在は30年に渡って磨き上げた歌手=パフォーマーとしての表現は絶頂期に差し掛かっていると言ってもいいだろう。
「歌」にもいろいろあるけれど、演歌の世界でよく取り上げられる「人生の苦しみ」「別れの辛さ」「苦しみの末の幸福」などといったテーマを本当に歌い上げることができるのは少なくとも40代以上、あるいは50代になってからではないかと思う。
例えば現在30代前半の丘みどり、あるいは20代後半の杜このみらが真に迫った『矢切の渡し』を歌えるかと言えば、そうはなかなかいかない。
二人とも歌い手としての才能は文句なしなのだけれど、深みや感情の機微を歌の中で表現するにはまだ足りない部分があるのだ。
しかしそれだけに歌の世界は、「磨けば磨くほど深みを増した光が生まれる」と言う点で、とても希望のある世界だとも言える。

藤あや子の容姿が「嫉妬を呼ぶ」ほどの美貌であるのは以前からだけれど、現在はステージングも洗練と耽美の度を加え、2,3分の歌唱の中にドラマを創り上げるほどの充実ぶりを見せている。
そう、藤あや子の表現は極めてドラマティックなのだ。
持ち歌である、「むらさき雨情」「おばこ巡礼歌」などでのちょっとした見得を切るような首の動き、虚空を見つめる視線など、他の歌手が真似しようともまず無理であろう劇的表現に達している。

そんな藤あや子がBS朝日『日本の名曲 人生、歌がある』で石原詢子とともに「蘇州夜曲」を歌ったのであるが、まさに絶品であり、現在「蘇州夜曲」を歌わせては右に出る者はいないだろうと感じさせられた。