●厳しく幻想的な雪の世界、身も世もなく恋に狂う岸恵子・・・映画『雪国』のあまりに豊かな映像世界。

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

池部良、岸恵子、八千草薫共演の映画『雪国』をBS12トゥエルビで放送していたので鑑賞してみた。
この作品は未見だった。
もちろん川端康成の『雪国』が原作。
日本文学の傑作を映画化した作品は多くあるが、(どうしてこんなスタッフ、キャストで・・・)と感じるものがけっこう多い。
最も高名な作品としては、三島由紀夫の『潮騒』があるが、各時代のアイドル的女優(歌手)が主役を演じてきた歴史があるけれど、青山京子、吉永小百合、小野里みどり、山口百恵、堀ちえみ・・・う~ん、という感じではあった。
小野里みどり版などは観てないのだけれど、どちらにしても原作が完璧なまでに構築された小説であるだけに、どの映画も大満足とはいかないものだった。
特に堀ちえみが『潮騒』のヒロインとか、ウケ狙いのキャスティングとしか思えなかったのだが。
大女優が出演していても、例えば京マチ子主演で谷崎潤一郎の『痴人の愛』の映画化があるが、これも原作の魔的なまでの退廃美には程遠い出来だった。
わたしは必ずしも、「映画は原作に勝てない」とは思ってないけれど、原作が歴史的傑作である場合の映像化は、ある程度以上は原作ファンの期待に応えてほしいとは思っている。

その意味で、この豊田四郎監督の『雪国』。
原作のイメージに「非常に接近している」とは言い難がったけれど、『雪国』の世界観をできる限り豊かに表現しようという気概が感じられて大いに観応えがあった。

まずロケが圧倒的である。
越後湯沢など五ヶ月に渡る期ロケが敢行されたというが、これだけの豪雪地域の豪雪時期によくぞここまで撮影できたと溜め息さえ出そうになる驚愕の映像だ。
大人の身長よりも遙かに高く積もる雪の中で生きている人間たちの姿は、鑑賞者の心に「自然」と「人間」に対する畏敬の念を育んでいく。
そして身も世もなく「駒子」を演じる岸恵子のハイボルテージの演技。
終始高いテンションで演じる岸恵子を「やり過ぎ」と感じる向きもあるだろうが、わたしはとても新鮮な気持ちで鑑賞できた。
(ああ、岸恵子とは、こんな演技もしていたのか)と、わたしが岸恵子を知った頃には既に、「立派な演説をする人」あるいは『悪魔の手毬唄』の怖い中年婦人というイメージの岸恵子だっただけに、かつて『君の名は』で日本を熱狂させた大女優の歴史に触れた感があった。
もちろん池部良の知性と恰幅を備えた美丈夫ぶりや、完璧に整った若き日の八千草薫の美しい顔も大きな見ものである。