●わたしはついに観た、浅丘ルリ子が絶頂の美を見せ、アフロでない石立鉄男が野生の「園丁」を演じる映画『愛の渇き』を!

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

わたしが浅丘ルリ子を知った頃には既に「目の周囲を黒く塗った婦人」というイメージとなっており、確か山田邦子にも物真似をされたりして、まあぶっちゃけ「ネタ」化しておったわけですな。
山田邦子が物真似をしていた時期にはわたしはまだ熱心に邦画黄金期の作品を鑑賞してはおらず、『鹿鳴館』という新作映画がテレビで取り上げられた時に、評論家か何かが主演の浅丘ルリ子について、「ちょっとアップがキツいですね~。浅丘ルリ子さんは舞台をやった方がいいですね~」的なぶっちゃけたことを言っていたが、聞いたわたしは(確かにそうだよな)と感じるくらいのものだった。
その後日本映画について知識が増えてくるに従い、当然「浅丘ルリ子は邦画史上屈指の美人映画スターだった」ことは理解できてくるのだけれど、その事実が本当に「ピン」と来る作品にはなかなか巡り合うことができなかった。
ところがこの2018年2月、ついに巡り合ったのである。
わたしにとって、「女優 浅丘ルリ子のクオリティを圧倒的に証明する見事な映画」に。
まあ、そうした作品をわたしが求めていたかは別として(笑)。
でも俳優にとって、「どの作品が代表作か」はとても重要で、近年のテレビの「追悼報道」のように、「晩年に脇役で出演した作品」を代表作のように報道されてはたまったものではないだろう。
で、この2月、BSトゥエルビで放送された映画『愛の渇き』である。

『愛の渇き』は言わずと知れた三島由紀夫原作の小説、それを蔵原惟繕監督により映画化。

夫に死なれた後、富豪の義理の父と関係を持ち続ける未亡人が園丁として雇っている若い男 三郎に対しても強い欲情を持つ。
が、三郎は若い女中と関係し、妊娠させる。
嫉妬の炎をメラメラと燃やす未亡人「悦子」は、女中に「堕胎」を命じる。

とまあ、三島ファン、文学ファンならお馴染みのこの作品で、浅丘ルリ子は美しく、プライドが高く、極度に利己的で、性的欲望も極めて強い未亡人「悦子」を、「悦子としか思えないほどのクオリティ」で演じている。

こうして、「美しく、プライドが高く、極度に利己的で、性的欲望も極めて強い未亡人」という「悦子」の複雑なキャラクターを並べてみて、「現在の女優」で演じられる人がいるかと言えば、まず「美しく」の部分で既にハードルは極めて高くなっているのがよく分かる。
これほどまでに「美しい」浅丘ルリ子は初めて観た。
ご本人には失礼な話ではあるが(笑)。

ところで「園丁」である「三郎」役が石立鉄男なのだけれど、若く、まだ「アフロヘア」ではない!
テレビドラマでお馴染みのハイトーンヴォイスも繰り出さず、やや「猿」的な顔に若い筋肉質の肉体が、未亡人を惑わせる「野生的な三郎」にピッタリである。

1967年の作品である『愛の渇き』。
こうして「知っている俳優」の「知らなかったポテンシャル」を発見する悦びもまた格別だ。