●倍賞千恵子、高倉健、ハナ肇、そして渥美清・・・『遥かなる山の呼び声』と『シェーン』の共通点。

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」


『遥かなる山の呼び声』を観た。
山田洋次監督作品だ。
主演は倍賞千恵子、高倉健。
倍賞千恵子主演の「民子3部作」の3作目なのだという。
同時にこの作品は、映画『シェーン』に対するオマージュになっているとも言う。

この春、わたしは『シェーン』である。
近年稀に見る、「孤独との戦い」を描いた傑作ロードムービー『ローガン』の中で引用的に『シェーン』が現れたことも、この古い西部劇を再鑑賞すべきであるという意欲に火を点けた。
ちょうどBSプレミアムで放送したのも素晴らしいタイミングだった。
そして観てみればもう吃驚。
わたしは子どもの頃に何というすさまじい映画を観ていたのか。
ことにクライマックスのガンファイトは、エンターテイメント映画の域を遥かに超えている。
通底するとすれば、もちろんクリント・イーストウッドの『許されざる者』だ。

しかしここでは『遥かなる山の呼び声』について語ろう。

ふらりとやってきた謎の男が、小さな子どもを一人持つ女と心を通わせる。
男は無口だが、女の家に住み込んで、女のために少しずつ困難を取り除き始める。
しかし、もちろん男には「過去」がある。

『シェーン』と共通する基本構造はこのストーリーだ。
『シェーン』では、「心を通わせる女」に夫がいた。
『遥かなる山の呼び声』の民子は未亡人である。
はっきり言って、高倉健の役どころや展開はお決まりのパターンだ。
しかし退屈しない、どころか2時間ほどの時間、目が離せない。
「本物のスター」であり「本物の映画俳優」である高倉健と倍賞千恵子が、「決して予想外のことが起こらないストーリー」の中でぐいぐい引っ張っていく。
そして奇を衒うことのない悠々たる山田洋次演出に安心して心身を任すことができる。
共演者も豪華だ。
登場してすぐに倍賞千恵子に対してほとんど「強姦未遂」の行為をしでかすハナ肇が途中から「いい人」になるのも好感を持って愉しめるが、一瞬登場するゲスト出演の渥美清のスターぶりがまた凄まじい。
渥美清が出た瞬間、画面を「非日常感」が支配する。
あたかもクレタ島で神話上の怪物ミノタウロスに出逢ったかのような。

『遥かなる山の呼び声』は1980年に公開されている。
作品中、倍賞千恵子の家の壁に掲示されていたカレンダーは「1979年」だった。
まだ子どもである吉岡秀隆が、「アチョー、あチョー!」とブルース・リーの真似をするシーンがある。
調べてみたら、『燃えよドラゴン』の日本公開は、1973年だった。