●プチ鹿島が、『プロレスを見れば世の中がわかる』で高評価した鈴木みのるの「間」とは何なのか?

末尾ルコ「プロレスの話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

プチ斎藤のプロレス本を読んだつもりで、念のために「プチ斎藤」で検索してみたら、真っ先に出てきたのは、
『手作りケーキ プチサイトウ』!
(へえ~、美味しそうじゃん!)
と、ついどんなお菓子があるかチェックしてみたくなったが、検索した本来の目的を忘れてはなるまい。
それにしても(プチ斎藤って、長崎の洋菓子店よりもマイナーな人なのか??)と思いつつ、(ひょっとして、間違っているのは自分ではないか・・・)という疑問が生じたが案の定、わたしが最近読んだプロレス本の作者は、

「プチ鹿島」だったのである!

しかも「プチ鹿島」って、少し前に自分で検索しているし!
すっかり忘れていたということは、自分の中で(重要)とは見做さなかったわけである。
プチ鹿島って、そもそもはお笑い芸人だったということなのだね。

わたしが最近読んだプチ鹿島のプロレス本はタイトルが、『プロレスを見れば世の中がわかる』。
タイトルで分かる通り、日本のプロレスシーンで起こった出来事を「世の中」と結び付けて書いているけれど、だいたいがごじつけ臭くてその点は真剣に読むべき部分は少なかった。
しかし全体としてはまずますおもしろく読めた。
(あれっ?)と感じたのが、プチ鹿島が鈴木みのるをとても高く評価しているところ。
特に「鈴木みのるの間が素晴らしい」と言っているのだ。
「間」というものはプロレスだけでなく、多くの表現活動に必要ですな。
文学でも映画でも音楽でもそうでしょう。
そして確かに昨今のプロレスには「間」が希薄ではある。
ただ、どうだろう。
わたしがしばらくぶりに鈴木みのるを新日本プロレスのリングで観た時、(あ、鈴木はこんな感じでやっているのか)と思ったと同時に、(鈴木の対戦相手は大変だな)とも感じた。
現在の新日マットは言うまでもなく、立体的でダイナミックな技、複雑怪奇な複合技が中心となって組み立てられているが、鈴木みのるにそうした技の心得はない。
しかも年齢も高くなり、危険度の高い技を「かける」こともそうそう容易ではなさそうだ。
かと言って、「昨今の技」を「まったく出さない」では、そのために入場料を支払って観に来ている観客は納得しないだろう。
わたしの目には、新日の主力レスラーが鈴木を相手に、優しく優しく試合を展開させているように見えた。

しかし鈴木みのるは現在の日本プロレス界において、とても貴重な存在のようである。
今の鈴木みのるがどんな役割を期待されているかと言えば、何とはなしに試合に「凄み」を漂わせることに違いはない。
試合展開の中で格闘技風のサブミッションを繰り出したり、ザ・シークのように舌を出して観客を威嚇してみたり。
けれどそんな鈴木みのるに「凄み」を感じているらしい今のファンは・・・とも感じるのだが。