●ヒッチコック『めまい』を彷彿・・・と言えば盛り過ぎだけれど、80年代のトップ女優秋吉久美子『誘惑者』は大人が愉しめるサスペンス。

末尾ルコ「映画の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

ちょっと前に『誘惑者』という日本映画を観まして、主演が秋吉久美子、草刈正雄。
他に原田貴和子や内藤剛志なども出ている。
監督は長崎俊一。
この『誘惑者』、二重人格の女を軸に置いたサスペンスなのだが、100分強の時間、まったく退屈せずに鑑賞できた。
無駄を省いた語り口のおもしろさが際立っていたが、作品のクオリティのかなりの部分は秋吉久美子の魅惑によっていたと思うのですな。

秋吉久美子。

松坂慶子とほぼ同世代で、世間的なネームバリューは松坂慶子に引けを取らなかった印象がある。
しかし作品的には松坂慶子のような決定的な代表作には恵まれず、もちろん秋吉久美子なりの代表作はあるのだけれど、ある年の主演女優賞を独占するような代表作・・・秋吉久美子のポテンシャルであれば無いのがおかしいくらいなのだけれど。
しかしわたしは80年代、秋吉久美子には一向興味がなかったどころか、どちらかと言えば、好きでない女優の一人だった。
なぜ好きでなかったかという明確な説明はしにくいが、メディアで取り上げられるあきよしの言動が、当時「シラけ女優」とか呼ばれていたけれど、わたしにはワザとらしいウケ狙いの演技に感じていたことは覚えている。
秋吉久美子の顔自体も好きではなかったけれど、そして不思議なことに当時のわたしは外国人女優は「大人の女優」で好きな人が多くいたけれど、日本人女優、あるいは歌手に対してはまだアイドル的な要素を求めていたようだ。

『誘惑者』は秋吉久美子と草刈正雄が主演として共演しているが、この二人は今井正監督の『あにいもうと(1976年)』でも主人公として共演している。
原作は最近も大泉洋、宮崎あおい主演でテレビドラマ化された室生犀星の小説だけれど、同映画が秋吉久美子にとっての代表作の一つに違いないだろうが、わたしはまだ観てない。
と言うか、秋吉久美子が出演している作品も、観てないものが多い。
気に入ってなかった女優の出演作をあまり観たいないのも当然かもしれないが、それよりも当時は邦画も観ていたけれど、洋画が圧倒的中心だったのも大きな理由だろう。

『誘惑者』の秋吉久美子を観るだけでも、今の女優たちに希薄なクオリティを多く見つけることができる。
抽象的で大雑把な言い方をすれば、存在感の強さ濃厚さがまったく違う。
例えば最近吉高由里子が映画『ユリゴコロ』で連続殺人犯を演じていて、それはそれで悪くなかったけれど、『誘惑者』の秋吉久美子の不穏な雰囲気にはかなり及ばない。
黄昏色を意識した映像の中、アルフレッド・ヒッチコックの『めまい』を彷彿させるとまで言えば褒め過ぎになるけれど、秋吉久美子の魅力と、そして忘れてはいけない、草刈正雄の余裕ある佇まいで、ふと『めまい』を思い出さざるを得ない。