●江戸川乱歩作品のタイトルと『青銅の魔人』映像作品、そして『仮面ライダー』や昭和プロレスラーのニックネームとロマンティシズム。

末尾ルコ「文学と言葉の話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

わたしが幼少のみぎりに腸炎などで入院していた時に電燈の灯りの中で読んだ江戸川乱歩の妖しい世界こそ快楽的読書体験の根源であるというお話はした。
しかし本当に入院時に読んでいたのが乱歩だったのか判然としないというお話もした。
そんな疑問については取り合えず棚上げにして置いて、今少し江戸川乱歩について考えてみよう。

昨今「ミステリ」と総称される小説をさらに分類すれば、「本格派」「新本格派」「ハードボイルド」「変格派」云云かんぬんとか、まあつらつたここで並べてもあれだし、わたしも忘れているし、ということで、日本で「ミステリ」と総称される以前は主に「探偵小説」という典雅な呼び方が主流だった点、ミステリがお好きな方であればよくご存知だろう。


しかし「探偵小説」と呼ぶとわたしのイメージは、特にディテールを描くことなく、しかし昭和のある時期の雰囲気は濃厚で、ロマンティシズムは濃厚に薫っているというもの。
ディテール描写が少ないのに「往時の雰囲気」が薫るのは、登場人物の設定や台詞、行動などにアナクロニズムが漂っていて、それを味わうおもしろさにヒントがあるに違いない。
しかしここでわたしが語りたいのは、江戸川乱歩作品のタイトルについてである。
子どもの頃、わたしの心を踊らせた乱歩作品のタイトルをザーッと見てみよう。

『一寸法師』
『蜘蛛男』
『猟奇の果』
『魔術師』
『黄金仮面』
『黒蜥蜴』
『人間豹』
『暗黒星』
『地獄の道化師』
『化人幻戯』
『影男』
『闇に蠢く』
『パノラマ島奇談』
『陰獣』
『孤島の鬼』
『大暗室』

今こうして眺めると案外普通のタイトルが多いけれど、まだ「妖し気な世界」に耐性のなかった子ども時代、つまり「妖し気な世界』初体験に近かった時期にこれらタイトルはどれだけわたしの心を「ここでないどこか」へ連れて行ってくれたことか。
子供向けに書かれたものでこのリストにはないけれど、

『青銅の魔人』

も、わが想像力をいたく刺激してくれた乱歩作品タイトルの一つだ。
それだけに、乱歩ファンにはよく知られているが、同作品の映像化には衝撃を受けたものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=JNARFYM9e9E

これは見ての通り、松竹映画が製作した作品だが、「青銅の魔人」は冒頭から出てくる。
しかも未知のど真ん中を歩いている。
しかも小柄のように見える。
(これ、「青銅の魔人」じゃないだろ・・・)

もちろんわたしはこれをリアルタイムで観たわけではないのだが、ネタとしてはけっこうウケるかも。
しかしこれをもって、「映像の限界」とは思わない。
要はセンスの問題で、例えばテレビ特撮ドラマ『仮面ライダー』の初期は、乱歩的不気味さを醸し出していた。

ところで今回挙げた江戸川乱歩作品のタイトル、昭和プロレスラーのニックネームとも濃厚に共通点があるのは一目瞭然だろう。