●心臓バイパス手術後5日目、母は「会話」ができるようになった。~大女優香川京子87歳、『ジャポニスム2018』で渡仏し、貴重なトークを。

末尾ルコ「母の話、映画の話題」

3月22日(手術後5日目)、午後2時30分の面会。
死きりのカーテンを開けて母のエリアに入ると、半身が起きた状態になっていて、酸素マスクはしているものの、すぐにこちらに気づいた様子で、担当していた看護士が「お母さん、お話しできるようになりましたよ」と言う。
わたしは母に近づく。
彼女の手はかなりむくんでいる。
酸素マスクで顔は覆われてはいるが、口のチューブは見当たらない。
「やっと喋れるようになったねえ!」と、わたし。
酸素マスク越しに母は肯いている。
その表情は笑顔に近いようにも見える。
「やっと喋れるねえ。毎日来よった(来ていた)こと、分かっちょった?」
「分かっちょった、分かっちょった」とうなずきながら、母。
わたしはこの時、3月16日以来の、「言葉による母との会話」を果たすことができた。
(ひょっとしたらもう・・・)という恐ろしい想像と戦おうにも戦いきれずいたわたしだけれど、ここでまた一つ、大きな壁を越えることができたのは間違いない。

すべての人間は結局死ぬ。
自殺を選ぶなど特殊な場合を除き、それがいつになるかは誰にも分からない。
どんなに愛する人たちであっても、どんなに親しい人たちであっても、「ある時の会話」が「最後の会話」となってしまう。
つまりわたしたちの人生とは、

「できる限り愛する人たちとの最後の会話を先延ばししようと努力するものである」とも言える。

今回の母の入院以来、つくづくそんな人生の真実をあらためて想っている。

それにしても我が母らしいと感じたのは、「喋ることができる」といってもまだICUの中であり、厳重な酸素マスク装着であり、ドレーンも省かれてないし、容態によっては再度口にチューブを入れ、喋ることができなくなるケースもあり得る。
なのによく聴いているとマスク越しにけっこう「おふざけ」を言っているのである。

そうこうしていると、若いやや小柄な男性が入ってきた。
リハビリ担当だという。
簡単なリハビリ計画書を見せながら、今後の体力回復について説明してくれる。
(そうか、もうリハビリも始めているのか・・・)
安心も油断もしない。
けれど嬉しくないはずもない。

・・・

溝口健二、小津安二郎、黒澤明監督の重大な作品に出演している偉大な女優香川京子は現在87歳なのだという。
香川京子はフランスで昨年から今年2月まで開催された『ジャポニスム2018』の「日本映画の100年」という企画にゲストとして参加している。
87歳でフランスへ行き、『山椒大夫』『近松物語』『東京物語』という掛け値なし、超弩級の傑作上映後に登壇、貴重なトークを展開したのだという。
凄い!