●我が母、心臓バイパス手術後闘病記、手術後17日目は感染症を脱してはいないが比較的穏やか~心身の疲労重なる時期の人間の体調や失敗談・・・わたしの場合。

末尾ルコ「母の話、健康医療の話題」

4月4日(木)手術後17日目

午後7時の面会。

この日の夕方辺りからやや寒が緩み、って、何月だ!という気もするが、母も「暑いき、布団のけて」と、確かに個室内は布団を着ている必要がないくらいの温度だと感じた。
もちろん油断して風邪をひいたら大事なので、その点はしっかり言い聞かせてはきたが。
テレビでは嵐の番組で4月から連ドラに出演する本田翼と広瀬アリスらが出ていてゲームをやっていた。
本田翼、広瀬アリスとも、比較的わたしが気にいている若手女優である。
漫然と同番組を眺めながら、穏やかに面会時間、母とお喋りをしながら過ごした。

・・・

4月2日午前3時頃、つまり母が嘔吐した判の午前だが、わたしは心が乱れたままベッドに就いた。
少しだけ筒井康隆の本を読み、ようやくうとうとし始めたと矢先、左ふくらはぎに激しい痛みを感じる。
攣ったのである。
わたしの左ふくらはぎは攣りやすく、攣ればかなり痛い。
この晩、と言うかほぼ朝だが、すぐに痛みは治まらず、布団から出て姿勢を変えたり患部を揉んだりと、実に難渋した。
しかも左ふくらはぎ攣りが治まってしばらく後、今度は右ふくらはぎが攣った。
左ほどではなかったが、今夜は右もかなり痛い。
ただでさえ少ない睡眠時間がこうして削られてしまっつあのだが、この時は「母の嘔吐」を目の当たりにした精神状態も影響していたのだろうか。

・・・

もう少し前の出来事だけれど、しかしこれももちろん母の入院後だ。
やはり心に重くのしかかる悩みや懸念があると、「つい、ぼおっとしてしまう」時間が生じてしまう。
まあ人間だから致し方ないところではあるけれど。
大切なことは「ぼうっとして」、それが原因で事故などを起こさないことであるのは当然。
などと書いているのは、母の入院以来やや「ぼうっとして」の失敗があったからなのだけれど。
一つは、「赤信号を無視した」こと。
これはヤバい!
絶対やっちゃいけない。
その時は頭の中で様々なことが渦巻いていて、渦巻に飲み込まれていた感じだった。
交差点を越えた時、(あ、赤信号だったじゃないか)と気付いたのだった。
危ない、危ない。
そしてもう一つ、コンビニのトイレで小用をさせてもらっていたのだが、用を足している最中に人がドアを開けたではないか。
彼は「すみません」と言ってドアを閉じたのだが、もちろんわたしがロックし忘れていたのである。
こんな失態はまったく人生初めてなのである。