末尾ルコ「母の話、健康医療・介護福祉の話題、夢の話題」

5月15日(金)手術後418日目
退院後224日目

子どもの頃から見た夢をノートへでもずっとマメにつけていたらとてもおもしろい記録になっているのだろうが、やりかけては止めてしまうの繰り返しで纏まったものはない。
「日記」と言うか、ノートへ毎日の日付と共にメモ書きのようなことはそうですね、もう長い間ずっと続けている。
そのメモ書きの内容はその日に起きた出来事、つまり日記風な分である場合もあれば、「思いついたこと」や「アイディアの切れ端」など、要するに何でもアリです。
こうした「書く」という行為、けっこう役に立ちますよ。
ただですね、もうかなりの長期間続けているものだから、そのために使ったノートがうず高く積まれてまして、これらをすべて再読する機会があるかと言えば、絶対ないですよね。
だからある程度ずつ処分していくべきなのでしょうが、何と言いますか、(捨てていいのか、これ・・・?)という気持ちもあるんです。
(捨てるんだったら、何のために書いていたのか・・・)というような感覚ですね。

ま、この件についてはおいおい考えていきますが、そうそう夢のお話でした。
5月5日だったかな、昼食後の仮眠時に悪夢を見ましてですね、なかなか複合的な夢だったと思いますが、詳細はもう覚えてません。
夢ってよほど印象的なものでないと、すぐにメモでもしない限り忘れてしまいます。
忘れない人もいるのでしょうが、わたしは忘れる。
それどころか目覚めた瞬間に、悪夢を見ていたという印象だけ残り、具体的な内容はすっかり忘れていることも多いです。

5月5日に見た悪夢はいくつかの「悪いエピソード」が重なっていたと思うのですが、目覚めた後に残っていたのは一つだけ、自宅の駐車スペースで、わたしの車から大量のオイルが漏れていて、地面が黒い湖のようになっていたという映像です。
オイル漏れは以前にもお話したとおり、車止めに激しく乗り上げてオイルパンを大破してしまい、自動車修理工場を探すのにもやや苦労した記憶に新しい経験があります。
で、今回の夢の中でも、その漏れ出た量の多さに、(これはただじゃあ済まない・・・)などと思うか思わないかで目が覚めたのですけどね。
その夢が複合的だったというのは、他にもいくつかエピソードがあって、その中の一つは女性関係だったのですが、出てきた女性が誰だったか思い出せない。
夢って時々面識のない人が出てくることもありますから。
ただ、(面識がない)というのは単に「忘れている」だけで、夢の中に出てくる人は必ずどこかで会ったことがある人だ・・・という説もあります。
それはそれで、不気味でいいですね(笑)。