末尾ルコ「母の話、健康医療・介護福祉の話題、音楽と花の話題」

9月5日(日)手術後529日目 退院後338日目

FMのらいおっ番組を録画したカセット(笑)からエレーヌ・グリモーのブラームスが聴こえてきたんです。
とても沁みた。
その番組でエレーヌ・グリモーがかかることなんて知らなかった。
だからこういうの、ちょっとした贈り物をしてもらっ気分になる。
誰からの贈り物かって?
ふふふ、自分で決めればいいのだ。

エレーヌ・グリモーはフランス出身の容姿端麗な女性ピアニストです。

8月の後半くらいから鉢のカーネーションがまた咲き始めたんです。
今年の5月、母の日の前に買ったやつ。
6月後半くらいからは花も咲かなくなって、やや大きめの鉢花なんですが、大部分が枯れてしまった感じだったんです。
でも緑の部分もいくらか残っていたのでどうにか毎日水やりはしていた。
地道な努力って、時に実を結びますね。
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ここ、「時に」というところが重要です。
いくら地道な努力を続けても実を結ばない場合もしょっちゅうあるということ。
地道な努力を続けていながら実を結ばなかった時に、(何であんなにやったのに)とある意味「運命を呪う」気持ちになってしまう人もよくいるのですが、運命を呪ったところで何ら得るものはありません。
もう一つ、「実を結ぶ」という目標自体も最初からよく熟考している必要もありますね。
つまり、

「実を結ぶとはどういう状態なのか」

という根源的な問い掛けです。

それはさて置きカーネーション。
残っていた緑の部分に毎日水をやってました。
緑の部分が増えて来たというわけではないけれど、いつの間にか蕾ができてたんでしょうね。
8月後半には一輪花が咲いた。
しかもとても深い「真紅」と呼んでもいいほどの濃厚な色の花です。
嬉しいですね、こういうの。
それだけではなく蕾が次々とでき始め、しばらく一輪だけだったのが、2輪目が咲いたら、三輪、四輪と続けて咲いてくれる。

花にいろいろな想いを託している・・・とまでは行きませんが、昨年と今年のカーネーションに対する想いは深いです。
もちろん毎年母の日にはカーネーションを含めちょっとしたお祝いをしているのですが、昨年は入院中、A病院へカーネーションを持って行った。
わたしはまだ付き添い状態ではなく、一日に3~4回の面会をしていた時期だった(自宅からとても近い場所だったからできたのですが)。
心臓(冠動脈)バイパス術後の経過は安定していたけれど、それから母はトラブル続き、遂には転倒により大腿大転子部不全骨折。
そしてわたしは付き添いで病院に寝泊まりするようになり、約4か月後、ようやく退院できたのだった。
昨年、とても水やりする余裕などなくなったカーネーションは、それでも長く咲いていたけれど、さすがに虚しく見えた。
対して今年のカーネーションの居間の時期の最開花は・・・とても嬉しい。