●『三沢と橋本はなぜ死ななければならなかったのか 90年代プロレス血戦史』と『プロレス 名言の真実 あの咆哮の裏には何が渦巻いていたか』のちょっとした感想を書いちゃうわたしです(←山田姉妹「みずいろの手紙」風に。

末尾ルコ「プロレスの話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

西花池湖南という人が著したプロレス本を読んだ。
『三沢と橋本はなぜ死ななければならなかったのか 90年代プロレス血戦史』と『プロレス 名言の真実 あの咆哮の裏には何が渦巻いていたか』だが、 西花池湖南は「にしはないけ こなん」と読むという。
う~む。
両著作に載っていた西花池湖南のプロフィールは次のようなものだ。

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1961年生まれ。同志社大学卒。1980年代から90年代にかけて新書をメインにした出版社に在籍。当時、売れないとされてきた「活字プロレス路線」と新書哲学を組み合わせ、十数冊に及ぶプロレス探究本を世に問い、好評を博す。現在は21世紀以降に明らかにされた諸事実をもとに、プロレス芸術を後世に伝え、新たな活字プロレスの世界を提示すべく、精力的に執筆活動を行なっている

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新書哲学?
まあそれはさて置き、

『三沢と橋本はなぜ死ななければならなかったのか 90年代プロレス血戦史』はサブタイトル通り、90年代の日本プロレス史が語られている。
90年代だから、既に「平成プロレス」である。
『プロレス 名言の真実 あの咆哮の裏には何が渦巻いていたか』の方はプロレスラーたちが発してきた「言葉」を取り上げて、それぞれ著者が説明を加えている。
こちらは70年代からの言葉を取り上げている。
ざあっと読んでみるとプロレスラーの言葉、今となってはくすぐったいような、いや、当時からくすぐったかったかもしれないが、例えば藤波辰爾の
「もう何年続くんですか!何年、これが!」
・・・う~む、藤波って、絶叫するときに泣き顔のような表情になるのである。
その時点で観ているものは既に赤面しそうになっていたものだ。
さらに愉しい台詞としてはテリー・ファンクの、
「フォーエヴァ―!フォーエヴァ―!・・・サヨナラ。」
絶対に復帰するだろうと思っていただけに、何とも味わい深いパフォーマンスだった。
前田日明の、
「闇討ちでも何でもしてくりゃいいんや!」発言もスゴイ。
その後安生が本当に闇討ちと言うか、不意打ちで前田を失神させたという。
安生洋二って、リング外では妙に実行力があったのですね。
そしてこれを外すわけにはいかない、アントニオ猪木の、
「巌流島で闘う。それ以外では受けない。客は入れない。決闘だ!」
いや~、やはりスゴイ!
何を言ってるんでしょう、この人は(笑)。
70年代から80年代前半の猪木って、こんな人じゃなかったような気がするのだけれど。
どこかで「ヘンな人」になってしまったのか、それとももともと「ヘンな人」だったのか、このあたりの検証も必要となってきそうだ。

『三沢と橋本はなぜ死ななければならなかったのか 90年代プロレス血戦史』の方は、著者が90年代を主に時系列で語りながら、「プロレスの世界がどんどんレスラーの心身にとって苛酷になっていく」状況を浮き彫りにしていく。
90年代、わたしはプロレスを観てはいたし、プロレス誌もチェックしていたが、それは完全に惰性でやっていただけで、関心の中心はほとんどリングス、パンクラス、UFC、そしてPRIDEへ向かっていた。
『三沢と橋本はなぜ死ななければならなかったのか 90年代プロレス血戦史』には、(おおっ!)と驚くようなことは書かれてないが、わたしにとっては「抜けていたピース」を埋める作業として、よき時間となった。