末尾ルコ詩D「猫、力」篇。末尾ルコ「ふたりのイザベル、『ふたりのベロニカ』」。 [「言葉」による革命]
★「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉![[ハート]](https://blog.ss-blog.jp/_images_e/80.gif)
★ 「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
★ 「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!
現在実験的にブログをつついています。
? その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。
●末尾ルコ詩D「猫、力」篇。
「猫、力」
呪文ってとても大切です
それが迷信的効果をもたらさないとしてもね
迷信を超えて
言葉の力を再確認するのが大切です
ベントラベントラなんて
言っていてはいけません
どうせなら
ウェルベックウェルベックとでも
言ってみるか
・・・・・・
ぼくの素敵なネコは
ぼくに限りない力をくれる!
(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)
●末尾ルコ「ふたりのイザベル、『ふたりのベロニカ』」。
末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」
2016年12月8日、国立西洋美術館の「クラナーハ展」入場者が10万人を超えたと報道された。
わたしももちろんクラナーハは大好きだが、日本にこれだけクラナーハを「観たい」という人たちがいるのかと驚きでもある。
この「10万人」という数字にはグッと注目しておこう。
『ふたりのベロニカ』はクシシユトフ・キエシロフスキ監督の忘れ難い映画だ。
「ふたりのイザベル」という映画があるかどうかは知らない。
しかしフランスと言うよりも、世界映画史の中に「ふたりのイザベル」が存在し、しかし一人はフェイドアウトし、もう一人は20世紀から21世紀にかけて、巨大になり続けている。
もちろん「ふたりのイザベル」の中に、イザベル・カレは入ってない。
いや、イザベル・カレもいい女優なのだけれど。
●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!
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「猫、力」
呪文ってとても大切です
それが迷信的効果をもたらさないとしてもね
迷信を超えて
言葉の力を再確認するのが大切です
ベントラベントラなんて
言っていてはいけません
どうせなら
ウェルベックウェルベックとでも
言ってみるか
・・・・・・
ぼくの素敵なネコは
ぼくに限りない力をくれる!
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末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」
2016年12月8日、国立西洋美術館の「クラナーハ展」入場者が10万人を超えたと報道された。
わたしももちろんクラナーハは大好きだが、日本にこれだけクラナーハを「観たい」という人たちがいるのかと驚きでもある。
この「10万人」という数字にはグッと注目しておこう。
『ふたりのベロニカ』はクシシユトフ・キエシロフスキ監督の忘れ難い映画だ。
「ふたりのイザベル」という映画があるかどうかは知らない。
しかしフランスと言うよりも、世界映画史の中に「ふたりのイザベル」が存在し、しかし一人はフェイドアウトし、もう一人は20世紀から21世紀にかけて、巨大になり続けている。
もちろん「ふたりのイザベル」の中に、イザベル・カレは入ってない。
いや、イザベル・カレもいい女優なのだけれど。
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