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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~かつて凄まじい二枚目スターだった草刈正雄~完璧なキャスティング、ジャン・ルイ・トランティニャンとアヌーク・エーメの『男と女』。 [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

・・・

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★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

・・・

草刈正雄といえば若き日は長身の超美形。
『汚れた英雄』などで「銀幕のスター」といゆイメージが強かった。
だから今のちょっと枯れた風情を見せ始めた頃は違和感あったけど、『大河への道』は独特の風格があって、よかった。
レイクビューはロマンがありますね。しかも北海道、北の大地。洞爺湖ほどの湖となりますと、古来よりの様々な逸話がありそうで、そうしたものも含め共に時間を過ごす悦びがありそうです。

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今でもどうやら世界的に「不滅の位置にある恋愛映画の傑作」である『男と女』の、クロード・ルルーシュ監督の『男と女』の主演は、アヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニャンJean-Louis Trintignantである。

そして結果論でなく、アヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニャンJean-Louis Trintignant以外であの映画が成立したとは絶対に思えない。
しかも「あの時の」アヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニャンJean-Louis Trintignant以外では。

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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~「草刈正雄が好き」と言ったスタバTO~ジャン・ルイ・トランティニャンの『離愁』『Z』『暗殺の森』。 [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

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★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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瀬川瑛子も大好きなんだよね。
この人のわなわな震えるような唯一無二の歌唱はもちろん、そこのいるだけで華やかになるキャラクター、そしてトークもおもしろい。

スタバスタッフ、大学生のTO(女性)に、この人、角野隼人が大好きなんだけど、「好きな俳優」を尋ねたら、なんと「草刈正雄」!
しかも今の草刈正雄が好きなんだって。
こういう感覚、あってもいいよね。
そう言えば、『大河への道』という映画があって、これけっこうおもしろかったんだけど、草刈正雄が将軍の役で出ていて、なかなかよかった。

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ジャン・ルイ・トランティニャンは、
Jean-Louis Trintignantは、
知的で、危険で、豊かな包容力に満ちている。
細面の輪郭に秀でた額、そしてまったく無駄のない頬と顎のライン、そしてやや厚めの唇。

もちろんわたしは、今でもどうやら世界的に「不滅の位置にある恋愛映画の傑作」のようである『男と女』も語るべきだけれど、それよりも何よりも、

『暗殺の森』
『Z』
『離愁』

の3本なのである。

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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~失神、拉致されても007は殺されない~『ひまわり』の「いなくなった最愛の人を探す旅」。 [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

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★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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『007』シリーズの適役って、人を鮫に襲わせるのが好きですなあ。
拳銃で頭を撃てばすぐに殺せるのに。
それで言えばジェームズ・ボンド、少なくともティモシー・ダルトンが担当するまでは毎回必ずと言っていいほど敵に失神させられて拉致られる。
失神している間にいつでも殺せるのに絶対殺さないのね。
それで最後に適役が殺される。
それがヒーロー映画ではあるけれど、シリーズを続けて観てるとつい笑ってしまう微笑ましさでもある。

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『ひまわり』の中で、マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンは夫婦だ。
しかし夫であるマストロヤンニは、いない。
なぜ「いない」のか?
第2次世界大戦中に、ソ連で行方不明になったからだ。

妻は夫を探すためにソ連へと向かう。

「いなくなった最愛の人を探す旅」

よくあるテーマだ。
なのに『ひまわり』は、なぜに傑作としていまだ世界に轟き渡っているのか?

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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~『ヘルドッグス』、麗しきヴァイオレンスシーン~マルチェロ・マストロヤンニを知らねばならない。 [「言葉」による革命]

わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

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★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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『ヘルドッグス』。
原田真人監督の映画はたいがいおもしろいんだけど、『ヘルドッグス』は背景や人間関係を早口の台詞で説明するもので、原作などを知っているファンならするする入るのだろうが、ぼくはいささかついていくのが面倒だった。
しかし二つのアクションシーンは極めて秀逸でエキサイティングだ。
岡田准一が女殺し屋と格闘するシーン。
坂口健太郎が階段で激しい格闘をするシーン。
この2つのシーンは何度でも観たいくらいだね。

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ジャン・ルイ・トランティニャンも死んだ。
マルチェロ・マストロヤンニはもうずっと前に死んでいる。
かつて「ヨーロッパ最高の俳優」とも評価されたマルチェロ・マストロヤンニは。
しかしマルチェロ・マストロヤンニは、今でも映画の中にいる。
かつてヨーロッパ最高級のエレガンスを湛えていた一人の男、一人の俳優の姿を、映画の中でいつでも観ることができる。

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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~ピアソラは『天使のミロンガ』が空き~アニエス・ヴァルダの映画をまた観たい! [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

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★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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アルゼンチンと言えばアブソール・ピアソラとも言えるわけで、ぼくもいくつかアルバムを持っているのだけど、好きな曲は「リベルタンゴ」もそうだけど、やはり「天使のミロンガ」が一番かな。

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アンジェリーナ・ジョリーはアニエス・ヴァルダについて、

「わたしたち全てにとって、インスピレーションの一つの源泉です」と語っている。

近年のアンジェリーナ・ジョリーの動きをどう評価するかはさて置いて、アニエス・ヴァルダに対するこの言葉はとてもとても素晴らしい。

それではアニエス・ヴァルダが監督した映画とはどのようなものがあるか。
あらためてフィルモグラフィをチェックして、まだ鑑賞していない作品が何本かあり、つまりわたしもこれからまだ、「新しいアニエス」を愉しむことができることになる。
ただ、ここではわたしが既に鑑賞しているアニエス・ヴァルダ映画の中で、特に印象的だったものを挙げておこう。

『5時から7時までのクレオ』
『幸福』
『歌う女・歌わない女』
『冬の旅』
『ジャック・ドゥミの少年期』

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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~全国民に観てほしい市川雷蔵『薄桜記』~ケイト・ベッキンセイルの愉快な『フォービドゥン/呪縛館』。 [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

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★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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『薄桜記』。
あの名高いクライマックス。
人工の雪降りしきる中、隻腕、そして片脚も利かなくなった丹下典膳(市川雷蔵)はのたうちまわりながら多数の敵を斬っていく。
その至上の凄愴美たるや。

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『フォービドゥン/呪縛館』の原題は「The Disappointments Room」であり、「呪縛館」的なネーミングは近年のホラー映画邦題の流行りだから分かるとしても、「フォービドゥン」って何なんだ・・・とタイトルを決める会議(?)の様子を想像すると楽しくなりはする。

主演のケイト・ベッキンセイルは、『アンダーワールド』シリーズのヴァンパイア セリーん役が最高で、しかし同シリーズ以外でもサスペンス映画などで小粒ながら楽しませてくれる作品が少なくない。
で、この『フォービドゥン/呪縛館』もその一本なのだが、批評や興行成績が最悪に近いのがまた笑わせてくれるのだ。



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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~アルゼンチン、『エビータ』『タンゴ ガルデルの亡命』~篠田正浩『無頼漢』の闇,,倉斉加年 [「言葉」による革命]

わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

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★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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アルゼンチンと言えばエヴァ・ペロン、つまりエビータ。
マドンナ主演の『エビータ』大好きです。
やはりそもそもの楽曲がいい。
そしてアラン・パーカーの『エビータ』、舞台のミュージカルでは実現不可能なシーンも多く用意してくれている。
例えばガウチョたちがパンパを馬で疾走する胸すくシーン。

『タンゴ ガルデルの亡命』という映画があって、これもまた観たいんだけどね。

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篠田正浩監督の映画『無頼漢』を鑑賞したのだけれど、題材が河竹黙阿弥の「天衣紛上野初花」で、脚本が寺山修司。
となれば、「寺山修司の脚本に注目!」となるところだけれど、わたしが一番愉しめたのは撮影であって、これは岡崎宏三が担当しているが、当然篠田正浩監督の演出、美意識によるところが大きいはずだ。
とは言え、わたしは個人的に篠田作品のファンではなかったのだが、『無頼漢』は例外的にかなり愉しめたというところだ。
篠田監督って、見た目が銀行の頭取みたいな感じなのですな。
けっこうそのイメージ通りの作品になってしまっている傾向がある・・・というのが今まで鑑賞してきた篠田作品の多くに対する感想である。

『無頼漢』は美術も全体的に素晴らしいのだが、まず「闇の深さ」に惚れ惚れするのであって、映画にはどうしても「深い闇」が必要だし、まして時代劇で「闇」が希薄であればどうしようもない。
そして『無頼漢』にはそんな「闇」に似つかわしい深い魅惑を持つ俳優が出演している。

『無頼漢』には、仲代達矢、丹波哲郎、小沢昭一らも出演しているが、目を瞠ったのは米倉斉加年だった。

白塗りの殺し屋を演じる米倉斉加年。

米倉斉加年は1934年に生まれ、2014年に死去している。
俳優や演出家以外にも、「絵師」として見事な作品を創作している。
特に角川文庫の夢野久作作品のイカれたエロティックなカバー画は秀逸で、夢野久作をほぼ読破したのは高校時代だったが、高知市の帯屋町のある本屋の地下一階に夢野久作の文庫が並べてあって、一冊ずつ揃えていくのは至福の時間の一つとして記憶している。
まあ他にもいろいろと至福の時間はあったのだけれど。

米倉斉加年の具体的な作品について、「この作品のあの役がよかった」とか、特に記憶があるわけではない。
しかし映画やテレビドラマで、脇役として出ていても、子どもの頃から(カッコいい人だなあ)という印象が深かった。
そのカッコよさが、米倉斉加年の「内部」から立ち上っていたのは間違いない。

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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~三大セクシー男優と呼ばれた3人~キャサリン・ロスとはこんな女優だった。 [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

・・・

///
  
★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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かつて日本の女性誌などで、「世界の3大セクシー俳優」としてよく取り上げられていたのが、リチャード・ギア、ミッキー・ローク、ジョン・ローンの3人。
『ラスト・エンペラー』の主演として世界を席巻したジョン・ローンだけど、中国系の俳優であり、英語は堪能でも継続してのスターの座は不可能だった。
なんだかんだで息長くスターの座に居続けているのがリチャード・ギア。
でも『愛と青春の旅立ち』を筆頭にいい映画出てるからね。
ミッキー・ロークは容貌が変わり過ぎるなど大きな障壁に見舞われたが、『レスラー』で大復活。
しかしその後はぼちぼちという感じである。
そんなミッキー・ロークとジョン・ローンが共演しているのが、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』。
マイケル・チミノ監督作だ。
とてもおもしろい映画なので未見の方はぜひ。

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キャサリン・ロスのファンだった時代はしばらく続いた。
当時はまだ街の映画館に、さほど大作でなくても多くの洋画がかかっていた。
キャサリン・ロスなんていう、米国では1級とは言い難い女優でも日本でけっこう名が知られていた。
しかしキャサリン・ロスを「青春女優」として有名にした『卒業』の日本公開は1967年、『明日に向かって撃て!』は1969年であって、わたしはリアルタイムで鑑賞してはいないという話は既にしたが、高知でも名画座があって、幸いなことにそこで『明日に向かって撃て!』などは何度となく劇場鑑賞できた。
それはさて置き、わたしがキャサリン・ロスのファンになったのは70年代半前後のことで、何とその時点から4本のキャサリン・ロス出演映画を劇場で鑑賞している。
いかに洋画が日本の社会に溶け込んでいたかが、いかに現在と社会状況が違っていたかがよく分かる。
その4本とは、

『さすらいの航海』
『ベッツィー』
『スウォーム』
『レガシー』

『スウォーム』とか『レガシー』とか、よくこんな映画を観に行ったなと思うのだけれど、当時はキャサリン・ロス出演作に限らず、かなりヘンな作品でも映画館で観ていたわたしです

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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~料理映画の愉しさ『二つ星の料理人』そして『バベットの晩餐会』~ロバート・ショウとキャサリン・ロス [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

・・・

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★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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『二つ星の料理人』というブラッドリー・クーパー主演の映画が意外にもおもしろかった。
1時間40分程度の作品で、その時間、心地よく話が展開していく。
アリシア・ヴィキャンデルやエマ・トンプソンらが豪華に脇を固めているが、ヒロイン格のシエナ・ミラーがこれまた意外にもよい。
料理人の世界って、映像の題材としてはとても魅力的なんですね。
その嚆矢たる映画として挙げられるのが、
『バベットの晩餐会』
実は超一流の料理人だったバベットが北欧の寒村で超一流の料理を作るシーンはまさに超一流のスペクタクルとなっている。

・・・

わたしが初めてファンになった男優は多分石橋正次ではないか。
しかしこれは定かな記憶ではない。
洋画に関してはかなり定かな記憶がある。
初めてファンになった外国人男優はロバート・ショウであり、外国人女優はキャサリン・ロスだった。
ロバート・ショウはリアルタイムで『ジョーズ』を鑑賞し、その男っぷりに惚れ込んだ。
キャサリン・ロスもまだ現役女優だったが、歴史的傑作とされる『卒業』と『明日に向かって撃て』をわたしはリアルタイムで観てはおらず、知った時は既に両作品とも「傑作」の誉れが定着していた。



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●「母連れ狼の」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~アマプラにはハリウッドクラシックがいっぱい~生と死、市川雷蔵、松田優作、大川橋蔵。 [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。

・・・

///
  
★映画は最高の「会話」の題材となる。
そして人間、「会話ある人生」と「会話無い人生」とはまったく違う。
 
このテーマ、わたしの宿願と言っていいですが、深め、広げ、各方面にアピールしていきます。

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毎日ですね、誰かと、映画か音楽か本(読書)に関する会話を試みてください。
つまりわたしが言うところの「3種の神器」に関する会話ですね。
映画か音楽か本(読書)、そのうちのどれか、あるいはそれらすべてなら言うことない。
芸術は基本「独りで鑑賞」するものですが、それを「自分の中」に留めず、「外へ出す」ことで新たな、そして時に大きな展開が生まれます。

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アマゾンプライムビデオって、最初(古い映画ないじゃん!)と思ったが、探せばあるある。
しかもモノクロのハリウッドクラシックス!
これはできるだけ観なくちゃね。
ウィリアム・ホールデンにしても、彼がアカデミー主演男優賞を獲得した『第十七捕虜収容所』とか、グロリア・スワンソン共演の名高い『サンセット大通り』とか。
確かウィリアム・ホールデンを初めて観たのは『タワーリング・インフェルノ』。
もう「おじちゃん」という感じだったから、若き日のホールデン、愉しみだ。

・・・

「好きな俳優」、しかも「男性」、さらに「日本の」と、つまり「好きな日本人男優」の話なのだけれど、もうかなり前から子の問いに対して即座に浮かぶのが、市川雷蔵と松田優作である。
二人とも若くして死去しているが、だから好きなのではもちろんなくて、たまたま大好きな日本人男優の二人が若くして亡くなっているのである。
もちろん市川雷蔵の場合、その存在を知った時には既に死んでいたのであり、その点、松田優作は『太陽にほえろ』のジーパン刑事に子どもの頃惚れ込んでい以来である。
とは言え、「ずっと熱心な優作ファン」だったわけではなく、途中ほとんど意識しなかった時期もあった。
例えば、村川透監督と組んだ『遊戯』シリーズは、優作ファンにとってはとてもおもしろい映画なのだが、ファンでなければどれだけ愉しめるのだろうかという疑問は常にある。
ただ、松田優作出演映画は、『ブラック・レイン』『陽炎座』など大好きな作品も多く、ハリウッド映画の中で『ブラック・レイン』の優作のような圧倒的迫力は、渡辺謙でも無理だなと、今後も出ないなという思いはある。

などと書いているのは、大川橋蔵主演の『この首一万石』と『炎の城』を鑑賞したからで、大川橋蔵と言えば、名前は知っているけれど、「すごく古い人」というイメージを持ち続けていたのだが、生年月日をチェックすると、1929年生まれで1984年没と、ぜんぜん「古い」人ではない。
市川雷蔵が1931年生まれで1969年没だから、同世代である。
それにしても雷蔵の37歳没も若いが、大川橋蔵の55歳没もとても若い。
ただわたしは、「若過ぎる」という表現、まったく使わないことはないけれど、好きではないのだ。
誰かの詩に対して、「若過ぎる」とか「大往生だった」とか、ワンパターンで決められるものではない。
「早く死んだ人」はもちろん「無念」の想いで旅立った人が多かろうけれど、決して「敗北者」ではないのだ。

「生と死」については、わたしの最大のテーマであり、もちろん折に触れてお話し、問題的もさせていただきます。

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