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〈「言葉」による革命〉・・・末尾ルコ「マスメディア批判」~高倉健の場合だけではない。日本人の精神を貶める、テレビの追悼報道。2015年3月3日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「マスメディア批判」~高倉健の場合だけではない。日本人の精神を貶める、テレビの追悼報道。

これはテレビ一般的な傾向として見られる傾向であり、わたしは常に不快に感じ、「テレビの連中は(すべてではないにせよ)救いようがないなあ」と辟易する傾向の一つです。どうしてこう「恥」というものを知らないのか?
あるいは「敬意」という言葉をとうの昔にゴミ収集日に出してしまっているのか?
高倉健の時も同様だったけれど、これは高倉健に限らず、どんな俳優が亡くなった場合も同じようなことになる。
例えばある俳優が亡くなったとします。
どう報道するか?
その報道のやり方をちょっと見ただけで、放送局の価値観、そしてレベル、あるいは「品性」というものがよく分かる。
例えばある一人の、日本の芸術文化にとって重要な功績を遺した俳優が亡くなったとします。
テレビで追悼の報道をするのであれば、最低限次の2つの要素は必要です。
1俳優の生涯および出演作品を振り返る
2俳優の代表作を中心に、そのクオリティ、評価、日本文化に及ぼした影響などを振り返る。
日本のテレビ報道では普通どちらの要素もありませんね。
特に酷い、芸術文化に対する重大な侮辱行為だとさえ言えるのが、「本当の代表作」を無視して、自前のテレビ局で出演したテレビドラマやトーク番組の映像を放送する態度です。
日本映画全盛期に大スターだった人たちも映画界が傾いた後、多くがテレビドラマなどへ出演しています。
しかし追悼番組では当然、それら俳優たちが全盛期に出演した映画群の映像を流し、言及すべきでしょう。
それをやるテレビ局は、特に民放地上派ではほとんど(あるいは「ほぼすべて」)ない。
これは「テレビが日本人の精神性を落とし続けている」一例です。


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