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●怪奇レスラー「フレンチ・エンジェル」とはプリティな熱帯魚ちゃんなのか?あるいはシルク・ドゥ・ソレイユとWWE。 [「言葉」による革命]

●怪奇レスラー「フレンチ・エンジェル」とはプリティな熱帯魚ちゃんなのか?あるいはシルク・ドゥ・ソレイユとWWE。

末尾ルコ「プロレスと文化史の話題で知性と感性を鍛えるレッスン」

「怪奇レスラー」などというワードで検索し、画像へ移動すると、(こんなもの観ていいのか…)と感じるようなおどろおどろしい写真が並んでいる。
特に「フレンチ・エンジェル」なるレスラーをわたしは知らなかったので「フレンチエンゼル」で検索してみたら、何とかわゆいお魚ちゃんが続々現れて、(うわあ!こんなプリティな熱帯魚のような怪奇レスラーが活躍したのだね)と深夜に歓声を上げたわたしです(←山田姉妹の「水色のてがみ」風に)。
(フレンチエンゼル、つまりフランスの天使化、さすがに可愛いなあ~~)などとしばし現実を忘れて心の中でキュートな熱帯魚と戯れる。
熱帯魚ちゃんの顎の下をくすぐったり、後ろから目隠ししたり(←現実のできごとではありません。念のため)
しかしここでふと大きな疑問にぶち当たった。
(さきほど「怪奇レスラー」で検索した画像の「フレンチ・エンジェル」とえらく違うじゃないか!)
ひょっとして、自分は大きな間違いをしでかいしているんじゃないか・・・我に返ったわたしは、もう一度「フレンチ・エンジェル レスラー」で検索を試みた。
するとどうだ、プリティな熱帯魚とは似ても似つかぬつるつる頭の怪奇な男が現れたではないか!
このあたりはプロレスの源流の一つだろう「見世物小屋」の世界である。
わたしもプロレス史の専門的研究をしているわけではないからいろいろな情報の総合と想像で語っているけれど、『プロレスの源流』には大きく二つあって、一つは「強さを競うアスリート(格闘技)」であり、もう一つは「見世物小屋」や「サーカスの中の出し物」なのだろうと思う。
そう言えば、伝統的なサーカス自体もシルク・ドゥ・ソレイユのように現代テクノロジーをふんだんに取り入れて小アップした姿を見せている。
WWEのような極端にショウアップされたプロレスは、いわば「プロレスのシルク・ドゥ・ソレイユ化」と言えるかもしれない、などと書いたら、シルク・ドゥ・ソレイユのファンは怒るだろうか。
そして思えばかつて、「世界は薄暗かった」。
プロレス会場も薄暗かったし、家の中も薄暗かったし、街路も学校も、そしてある種の職場も薄暗かった。
その「薄暗さ」の中に想像力を培う無数のマグマがうねっていたのであり、怪奇レスラーたちが跋扈する世界があったというわけだ。


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いっぷく

私も知りませんでした。1940年代のレスラーなんですね。
末端肥大症かな。でも、こういってはアレですが、引退して筋肉の極端に落ちたストロング小林も、失礼ながら顔が大きめで歩くのが困難になり、縮こまっている姿は一瞬そう見えます。
猪木と小林が対決した頃は、似ていると言われましたが、今は全く似ても似つかないですね。小林は引退して社会と切れてしまったことが大きいのかもしれません。
末端肥大症というと、馬場が言われるのですが、馬場は全盛期はさっそうとしていましたし、柔道の誤審問題で話題になリ今はタレントになっている方のほうがよっぽどそう見えるのですが、その方もルックスというよりキャラクターでタレント活動がんばっていますから、今や、見かけがサーカス小屋、というだけでは怪奇派として通用しない、人権的にはいい時代なのかもしれませんね。

私もプロレスを見始めたのはそれより20年以上も後からですから、もうその時代ですと、怪奇レスラーというと、覆面とかキャラクターが不気味であるレスラーが殆どで、身体そのものということでは、国際プロレスに来たカシモドぐらいしか思い浮かばないですね。
でもカシモドも、やや顔が大きく猪首であるぐらいで、大きなアンドレとタッグを組むなどして自分の個性を目立たせていましたね。
あとは日本プロレスに来たブル・カリーもプロレスの本などでは怪奇扱いなんですが、今にして思うとそれはちょっと気の毒というか、ゲジゲジ眉で毛深いレスラーが悪玉をやっていただけなのに、と思います。日本に来た時は、ジプシー・ジョーのように来日外国人レスラーのまとめ役で、やはり怪奇派で増長したザ・マミーをロスでシメて、日本でもずっと監視役だったぐらいですから、ビジネス的にはむしろ信頼の厚い人だったと思います。
by いっぷく (2017-07-25 08:34) 

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