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〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ「心身のコントロールと芸術」~「神」という言葉、映画「ガーディアン」。2017年2月23日 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ「心身のコントロールと芸術」~「神」という言葉、映画「ガーディアン」。


人間は自分の心も身体も意のままにできない。

普通はそうです。
だから「自らの心身をより意のままにできている人たち」を畏敬の眼差しで眺め、時に憧憬の対象となる。

わたしにとってバレリーナたちはそんな存在だし、スポーツ選手の一部もそうです。
クラシックやジャズの奏者もその中に入るかもしれない。
選ばれた才能と絶え間ない修練によってしか成し得ない「身体の自在性」を得た人間たちの姿。
まるで「神」のような・・・。
なんて言うと、日本では「神」という言葉がきっとこの名詞ができて以来最も価値を下げられた状態だからどうにもこうにも。
なにせ「神対応」なんて言葉があり、ちょっと気が利いた対応をしたら「神」と指定されるわけだから。
いかに八百万の神の国とは言い条、これではね。
例えば「バレエの神」の一人にヴァツラフ・ニジンスキーがいるんだけれど、「神」という言葉上は「神対応」の人と「同じ」となる。
最早「言葉の選択」の意味さえ失われつつある日本をこのまま放置してはいけません。

というお話もしょっちゅうするとして、「ガーディアン」というドイツ映画があります。
アクション映画です。

最初の見せ場のアクションシーンが素晴らしい。
殺人事件を目撃してしまった若い女性ニナを護衛する元軍人マックスが組織の襲撃をけるシーン。
この時同様にニナを護衛していたヘレナ(ハンナー・ヘルツシュプルング)がカッコいい。
近年では出色のアクションシーンの一つとして記憶に残る。

もちろん映画のアクションシーンは「映像の魔術」によって創られるわけだから、実際の格闘技とはまた別の話となる。
演じる人間がどれだけ見事な格闘技を身に付けていたところで、映画のシーンとして魅せられなければ失敗だ。
例えばスティーブン・ソダーバーグ監督の「エージェント・マロリー」には本物の女子MMAファイターであるジーナ・カラーノが主演しているが、アクション映画としては失敗だった。

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