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末尾ルコ詩D「猫、呆れ」篇。末尾ルコ「ウディ・アレン、エマ・ストーン『教授のおかしな妄想殺人』のおもしろさをフランス語で説明する難しさ」その2。 [吉高由里子]

★「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉[ハート]

★ 「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
★ 「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!

[スペード]現在実験的にブログをつついています。
? その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。

●末尾ルコ詩D「猫、呆れ」篇。

「猫、呆れ」

呆れて
呆れ過ぎて
モノが言えなくなるほど呆れると
笑っちゃえるよね
わはははは と

・・・・・・

さあ、ぼくの素敵なネコ!
一緒に笑おう!
わはははは と

(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)

●末尾ルコ「ウディ・アレン、エマ・ストーン『教授のおかしな妄想殺人』のおもしろさをフランス語で説明する難しさ」その2

末尾ルコ「映画で知性と感性を鍛えるレッスン」

さて、近年のウディ・アレンの映画を「退屈だ」と信じて疑わないフェノン(仮名)に対してどのように「いや、おもしろいんだよ」と伝えられるか。
もちろん何をどう感じとろうが個人の自由なのですが、少なくとも「誰かの感想」を耳にしたら、「自分の感想」もしっかり伝える。
そんな繰り返しが

「充実した会話」→「充実した人生」→「充実した社会」と連動していきます。

本当です。
「一人一人の心掛けと実践が社会を変える」・・・これが〈「言葉」による革命〉の根本理念です。

で、近年のウディ・アレン作品、どこにそのおもしろさがあるのか?
まず一般的によく言われるのがその「台詞」ですね。
ウディ・アレン作品、どれも台詞が多い。
それら中に、知性と感性を刺激する様々な要素が練り込まれているのです。
とは言えわたしも、もちろん英語の心得は少々あるけれど、「ウディ・アレンの台詞をすべて言語で理解できる」などと大言壮語は致しません。
けれど日本語字幕だけでも、そのおもしろさはかなり伝わってくる。
つまり、「字幕でも十分愉しめる」のですね。
ただフェノンの場合、日本語字幕は理解できません。
英語はかなり上手なのだけれど、果たしてウッディ・アレンの台詞を十全に理解できるほどかどうか。
そうした不利な点は、フェノンにはあるにはあります。
もちろんウッディ・アレン作品のおもしろさは「台詞」だけではありませんが。

●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!

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