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●伊藤咲子「ひまわり娘」と同年の1974年にキャスターとなった磯村尚徳「猪木VSアリ、茶番劇発言」に見る「言葉のネガティブな力」。 [「言葉」による革命]

●伊藤咲子「ひまわり娘」と同年の1974年にキャスターとなった磯村尚徳「猪木VSアリ、茶番劇発言」に見る「言葉のネガティブな力」。

末尾ルコ「プロレスと音楽と、もちろん〈言葉そのもの〉の話題で知性と感性を鍛えるレッスン」

伊藤咲子の「ひまわり娘」がリリースされたのが1974年であり、アントニオ猪木VSモハメッド・アリが行われたのが1976年だ。
1974年4月にはNHK総合テレビで『ニュースセンター9時』の放送が開始されていて、キャスターは磯村尚徳。
なるほど、その2年後、猪木VSアリの試合内容を受けて、磯村尚徳の「茶番劇発言」があって、猪木はそれに対する恨みを持ち続けていた、と。
これはしかし、「言葉の力」、とりわけ「言葉のネガティブな力」をよく表している一件でもあると、今となっては見做すことができるわけなのですな。
これは「あのアントニオ猪木」に対して、「NHK全国放送のメインキャスター」が放った発言なのでこれだけ後々まで語り継がれているけれど、わたしたちの日常では無数にこのような事態が起こっているわけだ。
磯村尚徳も、よもや猪木本人が数十年後まで根に持つとまで思い至るわけもなし、しかし「極めて不快な発言」というものは、言われた者にとって生涯忘れないものであるから、常に「言葉の持つ巨大な力」を心に留めてものを言わねばならない、わたしがいつも主張するところではある。

思いもよらず、(今の)伊藤咲子の「ひまわり娘」を視聴する羽目(笑)になった件のBS TBS『日本名曲アルバム』だけれど、お目当ての山田姉妹はラストに出てきて、「踊り明かそう」を、キュートな振付を交えながら歌った。
その振付のキュートさは、現在の山田姉妹以外の成人女性がやったりすると即刻レッドカード及び退場を命じられるレベルであって、そもそも『日本名曲アルバム』に『マイ・フェア・レディ』の「踊り明かそう」ってどうなんだというのはあるが、わたしとしては山田姉妹に、さだまさしや小坂明子などの昭和ヒット曲ばかりでなく、洋画のヒットテーマ曲などを存分に歌唱してほしいところなのである。

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いっぷく

ちょっとキザですがとか言う人ですね。著名人は、プロレス好きがいる一方で、プロレスを嫌って徹底的に唾棄する人もいますが、立花隆とか磯村尚徳などは後者で、もともとプロレス自体をバカにしていたのではないでしょうか。
都知事選の時、磯村候補を妨害するために猪木も出馬宣言して、結局話し合いがあって福田赳夫に「王道を歩め」などと言われて降りた件は覚えています。
あれは磯村候補に対する私怨もあったかもしれませんが、出馬を降りる条件に多額のお金が動くからであって、都知事への出馬自体は本気ではなかったと佐藤久美子元秘書が暴露してましたね。
彼女の暴露本『議員秘書、捨身の告白』(講談社)昔読んだことありますが、たとえば、佐川が債務保証をしてくれることが決まった時は、嬉しくてデタラメな鼻歌を歌いながらスキップして部屋に入ってきたとか、猪木の小心さが描かれていて、くすっと笑ってしまう箇所もありました。プロレスファンが、そんなシーンを見たらどう思うか。それだけ猪木は秘書に気を許していたのかもしれませんが。
アリは、余興でリングに上がり、ゴリラ・モンスーンに全く相手にしてもらえずすごすごと退散した動画がYoutubeに上がっていますが、本当は猪木戦もその程度のことを考えていたのではないでしょうか。モンスーンに対してはあんな道化を演じておいて、猪木戦はセコンドも命がけの試合になってしまう経緯など調べてみたい気がしました。
by いっぷく (2017-06-05 01:07) 

hana2017

アントニオ猪木VSモハメッド・アリ戦は、プロレス好きでない私でも覚えています。
その後の、ミッキー・ロークのスケスケパンツ姿だけが記憶に残ったボクシングの試合も。
格闘技に全く興味のない私の目からして・・・演芸や珍しいものを見せて入場料をとる興業というシンプルな形が見てとれたような気がしました。
伊藤咲子の「ひまわり娘」、今になって思えばこちらも懐かしの歌謡史の一ページなんでしょうね^^;
by hana2017 (2017-06-05 09:08) 

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