SSブログ

●『闘魂最終章』感想~わたしは、アントニオ猪木のどこに感銘を受けたか? [「言葉」による革命]

●『闘魂最終章』感想~わたしは、アントニオ猪木のどこに感銘を受けたか?

末尾ルコ「プロレスの話題で、知性と感性を鍛えるレッスン」

『闘魂最終章』(双葉社 井上譲二著)を読んだ。
井上譲二の纏まった著作を読むのは初めてかもしれない。
井上譲二は『週刊ファイト』の編集長だったわけで、それ以前は同紙の記者だったのだから、山ほど彼の文章は読んでいることになる。
しかしわたしにとって『週刊ファイト』の編集長は、「I編集長」こと井上義啓であり、彼が引退した後誰が編集長だったか、ましてやどんな記者がいたかなど、まったく知らなかった。
このあたりにもかつてのわたしの注意力不足、興味の浅さがやや窺えてせつない(笑)。

『闘魂最終章』は井上譲二が『週刊大衆』に連載していた『アントニオ猪木55年目の「虚と実」』に加筆を加えて書籍化した作品だという。
『週刊大衆』か・・・と、ここでわたしは思い出す、同誌や『週刊宝石』などをちょいちょい読んでいた時期もあったなあ、と。
別のそうした雑誌の記事やグラビアに魅了されていたわけではない。
ま、ちょっと日本の裏世界についての知識もあってもいいかなあ・・・と、そんな感じではあった。
稀ではあったが、グラビアにいささか好みの女性の写真が載っていた時は、多少なりとも(くるしゅうない)気分になったことも少し告白しておこうか。

『闘魂最終章』の内容であるが、井上譲二の文章を纏めて呼んだのは初めてなので、新鮮味は十分あった。
『週刊大衆』へ連載していただけあって(笑)、改行も多くどんどん読み進む。
要するにざっくりとアントニオ猪木の歴史を振り返る内容なのであるけれど、時にやや乱暴に思えるほど歯切れよく明確な書き方をすする。
いまだプロレスについて、「非常に曖昧な書き方」をする書き手もいるのだけど、苦笑を生むだけだ。
もちろん「曖昧な部分」がプロレスのおもしろさだけれど、いまだに通常の試合に「勝負論あり」を思わせる書き方はいただけない。
『闘魂最終章』で最も印象的だった点が2つある。
それは、

・猪木は若い頃から特別にハードな練習をしていた。
・猪木は若い頃から「現在」まで、常に「プロレスを超えて自分を売り込む努力」をし続けている。

この2点はわたし自身、「分かっていたようでいて、忘れかけていたこと」であり、歯に衣着せぬ筆致の筆者が記しているだけに説得力があり、とても嬉しくなった。

nice!(25)  コメント(1) 
共通テーマ:アート

nice! 25

コメント 1

いっぷく

>『闘魂最終章』(双葉社 井上譲二著)を読んだ。

私はまだそれは読んでいません。プロレスは会場の方は寂しいのですが、出版業界はそうでもないらしく、とくに(元)レスラーの自伝は結構ウケるみたいでしばしば上梓され、GSPIRITSとともにそれらを少しずつ読んでいるところです。(日本プロレス事件史が終わってしまったのは残念でした)
井上譲二という人のイメージは、頑なに「猪木派」を守ってるなという感じです。それはそれで楽しいことです。ただ亡くなると優しくなって、たとえば生前は馬場がケチなように書いていたのに、亡くなったときは、アメリカの契約制度を採り入れたに過ぎない、というようなことを書いていたし、私のブログでご紹介しましたが、三沢は馬場元子さんと仲直りして、全日本を出たことを後悔しているなんて書いていたので、さすがにそれはどうかなと。
馬場はむしろ、報酬は下げないとか、遅配欠配はしないとか、年金とか合宿とか、寺西勇のように引退後会社に残してスタッフとして働かせるなど、日本的に終身面倒を見る考えがあって、それゆえその時時の「賃金」は抑え気味だったのだと思いますし、三沢にしたってそこまで言ってしまったら、ついていったノアのレスラーやスタッフの立場がないと思うので、この人は情にほだされて筆が緩む人かなと思いました。
まあ、上梓したもののすべてを読んでいるわけではないので、読んだらまた別の感想を述べるかもしれません。

>・猪木は若い頃から「現在」まで、常に「プロレスを超えて自分を売り込む努力」をし続けている。

私も「私、プロレスの味方です」などが出た頃は、猪木のスケールというものにぐんぐん惹かれました。
金銭トラブルを起こしながらも、次々スポンサーが付くのは、それがあるからだとおもいます。
その原動力を考えたこともあるのですが、きっと「移民独特の山っ気と孤独」からくるものではないかとおもいます。
移民は行くときは派手に行くんです。でも、実際に向こうでは地元の農家の手伝いぐらいしか仕事がない。そして、これは猪木家がそうかどうかは未確認ですが、「ブラジル移民」といっても、本当にブラジルとは限らず、むしろアルゼンチンやパラグアイの方が多かったといいます。最初はブラジルでも、そこでうまく行かずに、さらに夢を求めて隣接したそれらの国に行くとか。
便りでそれはバレるので、日本の人とはよほど近い人でないと疎遠になっていく。故郷を失い、友を失い、自分の人生に虚偽をまとう。その罪悪感や孤独感や喪失感を挽回するための「自分を大きく見せたい」気持ちというのは、並の人生のコンプレックスとは比較にならず、そういう立場にならないとなかなか理解できないのかもしれません。
猪木は4回結婚していますが、相手を見ると、そのときの猪木がわかりますね。やっぱりいちばん輝いていたときは倍賞美津子のときでしょうね。今の人は、まああまり悪く言うのもあれですが、猪木がセコくなりましたよね。
by いっぷく (2018-06-15 04:02) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。