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●「母連れ狼」末尾ルコ(アルベール)、うたちゃん(母)との日々~映画とは「恐怖を恐怖として恐怖する」こともできるし、「恐怖さえ快感として愉しむ」ことも可能。 [「言葉」による革命]


わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「初恋のヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。




近年戦争映画として、『ダンケルク』、『1917 命をかけた伝令』、あるいは少し前の『ブラックホーク・ダウン』など、それぞれ観応え十分だけど、「人間」はほとんど描かれてなかった。
その意味でも『パットン大戦車軍団』の価値は不動であり、それどころかCGなど特殊効果にほとんど頼らない戦闘シーンなど、今後価値が上がる一方ではないかと想像できます。
わたしが子どもの頃、戦争映画のクラシックとして既に『史上最大の作戦』、あるいはフランス映画『パリは燃えているか』などがよく知られていたけれど、前者はノルマンディー上陸作戦を中心として描かれていて、まあ連合軍を英雄的に描いているわけだ。
戦争を英雄的に描くという風潮はベトナム戦争終結後から気迫となり、同じくノルマンディー上陸作戦を描いた『プライベート・ライアン』は、上陸時に待ち受けていたドイツ軍の猛攻を浴び、身体のあらゆる個所を破壊され無残に死んでいく、あるいは泣き叫び、もだえ苦しむ連合軍兵士たちが描かれている。
英雄的とは真逆の表現だが、もちろんいかなる戦争映画もその描写がどれだけリアリティあるか、それは分からない。
ただ「戦争」というものを疑似体験しようというのであれば、映画館で優れた戦争映画を観賞するに勝るものはないだろう。
大画面、そして大音響・・・戦場と異なり基本安全な空間だけれど、戦争の恐怖の一端をヴィヴィッドに体験できるし、あるいは派手な戦闘シーンをエンターテイメントとしてカタルシスとともに愉しむという「悪徳」をも経験できる。
そう、映画とは「恐怖を恐怖として恐怖する」こともできるし、「恐怖さえ快感として愉しむ」ことも可能な、極めて重層的芸術なのだ。
子どもっぽい似非ヒューマニズムだけで映画を語ってはならない。

・・・

『アデルの恋の物語』の名台詞

「若い娘が海を越え、旧世界から新世界へ行く冒険、私はそれをする」


『バベットの晩餐会』の名台詞

「芸術家は貧しくならないんです」



眠狂四郎(市川雷蔵)の名台詞

「それはそれ 恋は恋」



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タグ:アート 映画
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