●末尾ルコ 映画俳優たちへのフラグメント ニューマン [「言葉」による革命]
●末尾ルコ 映画俳優たちへのフラグメント ニューマン
ポール・ニューマン 若き日のニューマンはローマ時代の大理石像のような美しさ。最もノーブルな不良。
ポール・ニューマン 若き日のニューマンはローマ時代の大理石像のような美しさ。最もノーブルな不良。
●我が母、心臓バイパス手術後、大転子部不全骨折後闘病記139日目~「4日間お通じなし」で下剤「プルゼニド」服用。~『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』、素晴らしき時代色、そしてロダンのポリシー。 [「言葉」による革命]
●我が母、心臓バイパス手術後、大転子部不全骨折後闘病記139日目~「4日間お通じなし」で下剤「プルゼニド」服用。~『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』、素晴らしき時代色、そしてロダンのポリシー。
8月5日(月)手術後139日目
転院103日目
お通じの話題が多くなっていて何なのだけれど、これはやや大袈裟な表現をすれば、全人類共通の課題なので今回もいきます。
と言いますか、母のお通じは8月4日で「4日間なし」となってしまって、その夜には下剤を服用することになった。
その前日に「3日間なし」の段階で「どうでしょう」と下剤を勧められたけれど、「もう少し様子を」と保留しておいた。
しかし出ない時は出ないもので、翌日も夕方まで出ない。
出ないより出た方がいいのは間違いなく、「プルゼニド」という下剤を2錠、午後9時前に服用してもらうことにした。
下剤全般、そして「プルゼニド」という下剤については次のサイトで分かりやすく説明されている。
『排泄ケアナビ』
下剤の効果と問題点
http://www.carenavi.jp/jissen/ben_care/problem/problem01.html
プルゼニド
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se23/se2354003.html
ただ正直なところ、少し前には軟便で一日に何度もの便意に悩んだばかりなのに、(早くも下剤か)と、それが入院中の患者だから仕方ない部分はあるけれど、もう一つすっきりしない。
繰り返すが、順調に出るに越したことはないのは分かっているし、特に高齢者の場合は便秘状態で様々なリスクが生まれることも分かっている。
ただ母の場合はどちらかと言えば便秘気味が常態であり、それによって「お腹が苦しい」「お腹が張る」といった訴えも普通はない。
いや、またしても繰り返すが、順調に出るに越したことはないのは分かっているし、下剤を使ってその状態が実現するのなら逆に歓迎するのだが、今までの服用状態を思い返しても、(下剤って、どうなんだろう)との気持ちもかなり強くある。
・・・
ジャック・ドワイヨン監督の『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』のお話を続けるけれど、この映画が色調がとても好きなのだ。
何と言うか、荒削りなタッチのモノクロ画面に色を付けたような感じが主トーンとなっている。
その渋く凄みある色調が時代感を醸し出しており、(ああ、こんな雰囲気の中にオーギュスト・ロダンやカミーユ・クローデルはいたのだな)と、陶然と浸ることができる。
もちろん当時のフランスの人間世界を目撃した人は現在一人も存在しないのだから、実際どうだったかは誰にも分からない。
残されている写真や文章から想像する以外ないのだけれど、映画において大切なのは、鑑賞者が(ああ、なるほどこんな時代だったのか)と、仮にそれが幻想に過ぎないにしても、そう感じられる、そして映像に浸れる・・・そんな世界観を構築してくれているかどうかである。
ところで『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』の中でロダンは、
「同時代の評価を気にするな」
「未完成であることを気にするな」
という意味の台詞を何度となく語る。
これはどんな分野でも、「表現」を志している者にとってはとても大切な言葉だと思う。
8月5日(月)手術後139日目
転院103日目
お通じの話題が多くなっていて何なのだけれど、これはやや大袈裟な表現をすれば、全人類共通の課題なので今回もいきます。
と言いますか、母のお通じは8月4日で「4日間なし」となってしまって、その夜には下剤を服用することになった。
その前日に「3日間なし」の段階で「どうでしょう」と下剤を勧められたけれど、「もう少し様子を」と保留しておいた。
しかし出ない時は出ないもので、翌日も夕方まで出ない。
出ないより出た方がいいのは間違いなく、「プルゼニド」という下剤を2錠、午後9時前に服用してもらうことにした。
下剤全般、そして「プルゼニド」という下剤については次のサイトで分かりやすく説明されている。
『排泄ケアナビ』
下剤の効果と問題点
http://www.carenavi.jp/jissen/ben_care/problem/problem01.html
プルゼニド
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se23/se2354003.html
ただ正直なところ、少し前には軟便で一日に何度もの便意に悩んだばかりなのに、(早くも下剤か)と、それが入院中の患者だから仕方ない部分はあるけれど、もう一つすっきりしない。
繰り返すが、順調に出るに越したことはないのは分かっているし、特に高齢者の場合は便秘状態で様々なリスクが生まれることも分かっている。
ただ母の場合はどちらかと言えば便秘気味が常態であり、それによって「お腹が苦しい」「お腹が張る」といった訴えも普通はない。
いや、またしても繰り返すが、順調に出るに越したことはないのは分かっているし、下剤を使ってその状態が実現するのなら逆に歓迎するのだが、今までの服用状態を思い返しても、(下剤って、どうなんだろう)との気持ちもかなり強くある。
・・・
ジャック・ドワイヨン監督の『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』のお話を続けるけれど、この映画が色調がとても好きなのだ。
何と言うか、荒削りなタッチのモノクロ画面に色を付けたような感じが主トーンとなっている。
その渋く凄みある色調が時代感を醸し出しており、(ああ、こんな雰囲気の中にオーギュスト・ロダンやカミーユ・クローデルはいたのだな)と、陶然と浸ることができる。
もちろん当時のフランスの人間世界を目撃した人は現在一人も存在しないのだから、実際どうだったかは誰にも分からない。
残されている写真や文章から想像する以外ないのだけれど、映画において大切なのは、鑑賞者が(ああ、なるほどこんな時代だったのか)と、仮にそれが幻想に過ぎないにしても、そう感じられる、そして映像に浸れる・・・そんな世界観を構築してくれているかどうかである。
ところで『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』の中でロダンは、
「同時代の評価を気にするな」
「未完成であることを気にするな」
という意味の台詞を何度となく語る。
これはどんな分野でも、「表現」を志している者にとってはとても大切な言葉だと思う。