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●末尾ルコ フラグメント「猫、チェロ」篇。 [「言葉」による革命]

●末尾ルコ フラグメント「猫、チェロ」篇。

「猫、チェロ」

アンドレアスのチェロを背後で聴きながら
アンドレアス・ブランテリドの
チェロが背後で聴こえながら、
夜は朝へと向かっていた

・・・・・・

ぼくの素敵なネコには
いろんな楽器の音色が似合う!

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極限の愛、日常の愛、その言葉 2020年8月6日 [愛の景色]

人間の可能性を考える上で
ゼロではないけれど
それよりも今は
あなたがぼくの気持ちを

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●我が母、心臓バイパス手術後、大転子部不全骨折後闘病記&退院後日誌304日目~『半沢直樹』にも出演中の南野陽子、ケアマネさんは『寒椿』についてどう言ったか?~「映画の演技」とは何か、の基本。 [「言葉」による革命]

末尾ルコ「母の話、健康医療・介護福祉の話題、映画の話題」

7月31日(金)手術後494日目
退院後304日目


『半沢直樹』って南野陽子が出てるんですね。
最近『半沢直樹』、つけてます。
「観てる」んじゃなくて、「つけて」ます。
母が『今日から俺は!』の再放送を気に入って、特に賀来賢人が
好きなんです。
『半沢直樹』にも賀来賢人出てるから、『今日から俺は!』との差異を愉しんでもらっている。
『半沢直樹』はビジネス界の話だから、母はそういう世界にあまり興味ないんです。
『今日から俺は!』の方がずっとしっくり来ています。

で、南野陽子のお話に戻りますが、ここからはナンノファンは読んではいけませんよ。
あくまで『寒椿』の南野陽子についてですが、あまりに「何もできてない」のに驚いた。
ちょっと「映画俳優の演技」についての根本的お話をしてみますが、映画の演技って、
「ちょっとした表情の差異」
「ちょっとした視線の差異」
「目だけでの表現」などで、
多種多様な人間の感情をする必要があるのですね。
決して「舞台的大芝居」を否定するわけではないですが、映画の世界ではそのような演技は二の次です。
監督によってはそのような演技を完全に忌避する人も多くいる。
そして日本のテレビドラマの多く(すべてではないですよ)で見られる演技というのは、リアリティとは程遠い大袈裟で説明的なものなのです。
そんなことが分かった上でたのしむのは何の問題もないけれど、そのような演技を「最上」と見做すのはちょっと違います。

で、『寒椿』の南野陽子ですが、冒頭からその表情から、少なくともわたしはナンノ、いや何の感情も読み取れなかった。
まあ監督がこれでOKを出しているのだから仕方ないとも言えますが、本当に驚いたんです。
降旗康男監督ですね。
降旗監督は晩年を迎えるまでの高倉健主演で多くの映画を撮っているのですが、わたしの好みとしてはどの作品も「イマイチ」になってしまうんです。
どうもあっさりし過ぎていると言うか、悪くはないんですが、(そこそこ)に収まってしまうのが降旗監督だという印象です。
『寒椿』は作品全体としてもそんな降旗監督の特徴が出てしまっている感が。
とまあ、そんなこんなを勘案しても、『寒椿』の南野陽子は何もでき無さ過ぎていた。
現在の若手女優でもここまで「何もできない」人は見当たらないくらいでした。
今の南野陽子のついては知りません。
長年女優をやって来ているのだから、きっとそれなりに上手くはなっているのでしょう。
でも思い起こせば、『スケバン刑事2』はおもしろく観ていた。
あれは合ってましたね。

で、南野陽子を「頑張ってるんじゃないですか」と言ったケアマネさんにその発言の真意を尋ねたら、「『寒椿』公開の頃、雑誌か何かで褒めてたんでそんな印象があったんです。あの発言については忘れてください」ですって(笑)。
この潔さ、ケアマネさんにますます好感を持っちまいました。

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