「言葉」による革命・「美」による革命
「末尾ルコ 革命広場」/「末尾ルコ 会話芸術」高知(土佐)薊野より全国、世界へ ●「毎日が母の日」という心掛けを!2016年5月19日 [「言葉」による革命]
※2016年5月30日配信予定 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。
●〈「言葉」による革命〉・・・「毎日が母の日」という心掛けを!
2016年の母の日は5月8日でしたが、その日が過ぎたからといって、「次は来年!」なんて考えてはいけません。
母の日は一年の中で「お母様への感謝」の象徴的一日であるけれど、人間として「本当に豊かな心」を持ちたいのであれば、
「毎日が母の日」!
そんな心掛けでお母様に接しましょう。
「自分をこの世界に送り出してくれた人」に感謝せずして、一体誰に感謝するというのでしょうか。
(続きは有料メルマガでお願いします)
・・・・・・
末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、▲「新たなる教育機関」です。
末尾ルコのこのブログ、そして有料メルマガは、より多くの方が「新たなる日本人」として人生を思う存分生き抜いていただくための、「末尾ルコだけに可能」な
▲「新たなる教育機関」です。
毎日当ブログを訪問し、お読みくださるだけで、「新たなる日本人」としての資質が身に付いていきます。
▲感覚・感性・知性・理性を中心に、そして非認知能力(スキル)」をも鍛錬します。
有料メルマガを購読いただければ、さらに深く、より強力に「新たなる日本人」として、あなたは日々成長していくことができます。
注1 「読む」という行為にも様々な方法があり、どんな方法を使うかによって「成長」の度合いも違います。「方法」に関しては、当ブログ、そして有料メルマガで適宜お伝えしていきます。
注2 末尾ルコによる「新たなる教育機関」に年齢性別学歴職種などの制限はありません。「誰も」が「今すぐ」に「新たなる日本人」としての第一歩を歩み始めることができます。
注3 当然ながら、「効果」には個人差があります。しかしより正確にお読みいただければ、間違いなくほとんどの方に「効果」が出てきます。
●〈「言葉」による革命〉・・・その基本的かつ画期的方法論。
〈「言葉」による革命〉の基本的方法論の優位性を記しておきます。
まず、
1どこにいても、その場所でいながらにして参加できる。
2どんなに忙しくても参加できる。
3老若男女、どなたでも参加できる。
4「趣味」「生きがい」として始めても、それが強固な社会貢献に結び付く。
●〈「言葉」による革命〉・・・「毎日が母の日」という心掛けを!
2016年の母の日は5月8日でしたが、その日が過ぎたからといって、「次は来年!」なんて考えてはいけません。
母の日は一年の中で「お母様への感謝」の象徴的一日であるけれど、人間として「本当に豊かな心」を持ちたいのであれば、
「毎日が母の日」!
そんな心掛けでお母様に接しましょう。
「自分をこの世界に送り出してくれた人」に感謝せずして、一体誰に感謝するというのでしょうか。
(続きは有料メルマガでお願いします)
・・・・・・
![[ダイヤ]](https://blog.ss-blog.jp/_images_e/82.gif)
![[ダイヤ]](https://blog.ss-blog.jp/_images_e/82.gif)
▲「新たなる教育機関」です。
毎日当ブログを訪問し、お読みくださるだけで、「新たなる日本人」としての資質が身に付いていきます。
▲感覚・感性・知性・理性を中心に、そして非認知能力(スキル)」をも鍛錬します。
有料メルマガを購読いただければ、さらに深く、より強力に「新たなる日本人」として、あなたは日々成長していくことができます。
注1 「読む」という行為にも様々な方法があり、どんな方法を使うかによって「成長」の度合いも違います。「方法」に関しては、当ブログ、そして有料メルマガで適宜お伝えしていきます。
注2 末尾ルコによる「新たなる教育機関」に年齢性別学歴職種などの制限はありません。「誰も」が「今すぐ」に「新たなる日本人」としての第一歩を歩み始めることができます。
注3 当然ながら、「効果」には個人差があります。しかしより正確にお読みいただければ、間違いなくほとんどの方に「効果」が出てきます。
●〈「言葉」による革命〉・・・その基本的かつ画期的方法論。
〈「言葉」による革命〉の基本的方法論の優位性を記しておきます。
まず、
1どこにいても、その場所でいながらにして参加できる。
2どんなに忙しくても参加できる。
3老若男女、どなたでも参加できる。
4「趣味」「生きがい」として始めても、それが強固な社会貢献に結び付く。
〈「言葉」による革命〉・・・●「度し難い馬鹿」には自覚していただきましょう。 [「言葉」による革命]
※2015年10月9日配信 末尾ルコ メルマガ(有料)より抜粋。
●〈「言葉」による革命〉・・・「度し難い馬鹿」には自覚していただきましょう。
あなたはどんな人を見て(ああ、馬鹿だ、こいつ)と感じますか?
え?
誰に対しても「馬鹿」だなんて感じたことがない?
何て人間ができているのでしょう!?
でもそれは本当ですか?
え?
わたし(末尾ルコ)を馬鹿だと思っている?
ある意味でそれは正しい!
でもずっと前にも言いましたが、わたしは
「素敵な馬鹿」です。
さて世の中には「度し難い馬鹿」がいる。
いてもいいけど迷惑だ。
そして「馬鹿は馬鹿だ」と自覚すべきだ。
というわけで、今回は「馬鹿」について解説させていただきましょう。
(続きは有料メルマガでお願いします)
●〈「言葉」による革命〉・・・「度し難い馬鹿」には自覚していただきましょう。
あなたはどんな人を見て(ああ、馬鹿だ、こいつ)と感じますか?
え?
誰に対しても「馬鹿」だなんて感じたことがない?
何て人間ができているのでしょう!?
でもそれは本当ですか?
え?
わたし(末尾ルコ)を馬鹿だと思っている?
ある意味でそれは正しい!
でもずっと前にも言いましたが、わたしは
「素敵な馬鹿」です。
さて世の中には「度し難い馬鹿」がいる。
いてもいいけど迷惑だ。
そして「馬鹿は馬鹿だ」と自覚すべきだ。
というわけで、今回は「馬鹿」について解説させていただきましょう。
(続きは有料メルマガでお願いします)
末尾ルコ詩D「猫、芸術」篇。末尾ルコ「映画俳優演技論」~酒井若菜の「前歯抜き」は役作りとして「フライング」である。 [吉高由里子]
★「末尾ルコ 革命広場」/〈「言葉」による革命・「美」による革命〉![[ハート]](https://blog.ss-blog.jp/_images_e/80.gif)
★ 「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
★ 「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!
現在実験的にブログをつついています。
? その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。
●末尾ルコ詩D「猫、芸術」篇。
「猫、芸術」
「建築」が
第1芸術なり
「彫刻」が
第2芸術なり
「絵画」が
第3芸術なり
「音楽」が
第4芸術なり
「詩」が
第5芸術なり
「演劇」あるいは「写真」が
第6芸術なり
そして
「映画」が
第7芸術なり
・・・・・・
ぼくの素敵なネコは
すべての芸術を
統合した存在さ!
(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)
●末尾ルコ「映画俳優演技論」~酒井若菜の「前歯抜き」は役作りとして「フライング」である。
酒井若菜という女優がフジテレビ系テレビドラマに2話分出演するための役作りとして「前歯を抜いた」という話題がありました。
基本的にそれは本人の自由なんだけれど、わたしはこの件に関しては「やり過ぎ」、きつい言い方をすれば、「無駄」だと考えます。
ただ酒井若菜という女優が前歯を抜くことによって少しでも自己アピールしたい気持ちは分かります。
今のままではたいした役もなく、便利遣いをされた挙句、じょじょにフェイドアウトしていく。
酒井若菜の場合、まず間違いなく、そうなっていくパターンです。
酒井若菜も松尾スズキ監督の映画「恋の門」では松田龍平の相手役でなかなかよかったんです。
ただその後(これは)という役がない。
美形でプロポーションもいいけれど、(これが酒井若菜だ!)という個性、オーラがない。
そんな一人の女優がサバイバルを目指しての、「前歯抜き」なのだと想像します。
しかしこれは客観的に見れば、「フライング」です。
スポーツ報知に酒井若菜の談話が掲載されていましたが、次のようなものです。
「私は、以前から言っているように、役や作品の大きさで、役作りの程度を変えることができないのです。ゲスト出演でも、必要ならば歯の一本くらい抜く。それが私の仕事に対する誠意です」
「大切なユースケさんの、大切な主演作に、少しでも貢献できればと思い、ユースケさんはじめ、皆さんと相談して、抜いちゃいました」
この発言、どうお感じになりますか?
日本でも役作りのために「歯を抜いた」俳優がいます。
田中絹代、三国連太郎、そして松田優作ら。
田中絹代は「楢山節考」。
三国連太郎は「異母兄弟」。
松田優作は「野獣死すべし」。
いずれも日本映画史上屈指の俳優たちが、日本映画史上に残る作品の主演を任された上での役作りです。
ここまで書くと、酒井若菜の「前歯抜き」がいかに「フライング」であるかお分かりでしょう。
「俳優の演技における肉体改造」については、今後も深めていきます。
●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!
![[ハート]](https://blog.ss-blog.jp/_images_e/80.gif)
★ 「言葉」で「あなた」はもっと強くなれる。
★ 「あなた」が強くなることで、「日本」はもっと強くなる。
高知から日本の隅々まで、末尾ルコ〈「言葉」による革命〉で、あなた自身があなたの住んでいる場所で「革命戦士の一人」に!
![[スペード]](https://blog.ss-blog.jp/_images_e/81.gif)
? その一環としてブログテーマや順位は表示しておりません。
●末尾ルコ詩D「猫、芸術」篇。
「猫、芸術」
「建築」が
第1芸術なり
「彫刻」が
第2芸術なり
「絵画」が
第3芸術なり
「音楽」が
第4芸術なり
「詩」が
第5芸術なり
「演劇」あるいは「写真」が
第6芸術なり
そして
「映画」が
第7芸術なり
・・・・・・
ぼくの素敵なネコは
すべての芸術を
統合した存在さ!
(毎日、「末尾ルコ詩D」を書いてみましょう!わたしの創ったものを写すのではなく、ご自分で創ってみるのです)
●末尾ルコ「映画俳優演技論」~酒井若菜の「前歯抜き」は役作りとして「フライング」である。
酒井若菜という女優がフジテレビ系テレビドラマに2話分出演するための役作りとして「前歯を抜いた」という話題がありました。
基本的にそれは本人の自由なんだけれど、わたしはこの件に関しては「やり過ぎ」、きつい言い方をすれば、「無駄」だと考えます。
ただ酒井若菜という女優が前歯を抜くことによって少しでも自己アピールしたい気持ちは分かります。
今のままではたいした役もなく、便利遣いをされた挙句、じょじょにフェイドアウトしていく。
酒井若菜の場合、まず間違いなく、そうなっていくパターンです。
酒井若菜も松尾スズキ監督の映画「恋の門」では松田龍平の相手役でなかなかよかったんです。
ただその後(これは)という役がない。
美形でプロポーションもいいけれど、(これが酒井若菜だ!)という個性、オーラがない。
そんな一人の女優がサバイバルを目指しての、「前歯抜き」なのだと想像します。
しかしこれは客観的に見れば、「フライング」です。
スポーツ報知に酒井若菜の談話が掲載されていましたが、次のようなものです。
「私は、以前から言っているように、役や作品の大きさで、役作りの程度を変えることができないのです。ゲスト出演でも、必要ならば歯の一本くらい抜く。それが私の仕事に対する誠意です」
「大切なユースケさんの、大切な主演作に、少しでも貢献できればと思い、ユースケさんはじめ、皆さんと相談して、抜いちゃいました」
この発言、どうお感じになりますか?
日本でも役作りのために「歯を抜いた」俳優がいます。
田中絹代、三国連太郎、そして松田優作ら。
田中絹代は「楢山節考」。
三国連太郎は「異母兄弟」。
松田優作は「野獣死すべし」。
いずれも日本映画史上屈指の俳優たちが、日本映画史上に残る作品の主演を任された上での役作りです。
ここまで書くと、酒井若菜の「前歯抜き」がいかに「フライング」であるかお分かりでしょう。
「俳優の演技における肉体改造」については、今後も深めていきます。
●原稿依頼などは、気軽にサイドバーのアドレスへご連絡を!
〈「言葉」による革命〉・・・矩子幸平なるライターが書いた、「蓮實重彦 三島賞会見」に関する低能記事について。 [「言葉」による革命]
矩子幸平なるライターが書いた、「蓮實重彦 三島賞会見」に関する低能記事について。
フランス文学者にして映画批評か、そして元東京大学総長である蓮實重彦。
日本で多少なりとも文化芸術に関心のある人間であれば、蓮實重彦が一般的に「フランス文学者、映画批評家、元東大総長」といった言葉から受ける印象よりも遥かに上位に位置していることを知っているだろう。
簡単に言えば、
「蓮實重彦」は、
一般的な「フランス文学者、映画批評家、元東大総長」という概念よりも上位に位置しているわけだ。
ところがそんなことをまるで知らないと思われる人間の文章がYahooニュースやBLOGOSなどで垂れ流されている。
件の三島由紀夫賞記者会見を受けての文章だが、「メディアゴン」なるサイトの矩子幸平なるライターが書いた次のタイトルのとてつもなく知的に最低レベルかつ愚劣な記事だ。
〈三島賞 蓮實重彦氏「中二病」会見は日本の文化にとって非常に嘆かわしいこと〉
この問題、ネット時代の大きな問題を軽く象徴しています。
続きは適宜書いていきましょう。
フランス文学者にして映画批評か、そして元東京大学総長である蓮實重彦。
日本で多少なりとも文化芸術に関心のある人間であれば、蓮實重彦が一般的に「フランス文学者、映画批評家、元東大総長」といった言葉から受ける印象よりも遥かに上位に位置していることを知っているだろう。
簡単に言えば、
「蓮實重彦」は、
一般的な「フランス文学者、映画批評家、元東大総長」という概念よりも上位に位置しているわけだ。
ところがそんなことをまるで知らないと思われる人間の文章がYahooニュースやBLOGOSなどで垂れ流されている。
件の三島由紀夫賞記者会見を受けての文章だが、「メディアゴン」なるサイトの矩子幸平なるライターが書いた次のタイトルのとてつもなく知的に最低レベルかつ愚劣な記事だ。
〈三島賞 蓮實重彦氏「中二病」会見は日本の文化にとって非常に嘆かわしいこと〉
この問題、ネット時代の大きな問題を軽く象徴しています。
続きは適宜書いていきましょう。
〈「言葉」による革命〉・・・●末尾ルコ詩D「猫、ルイ14世」篇。2016年5月19日 [「言葉」による革命]
●末尾ルコ詩D「猫、ルイ14世」篇。
「猫、ルイ14世」
ルイ14世がやってきた。
ミズヒキと アカソとアイと ツルマメや
ツルマメや アイとアカソと ミズヒキと
やってきたよ、
ルイ14世!
いよっ!
千両役者!!
・・・・・・
ぼくの素敵なネコにとって
ぼくはルイ14世以上になりたいね!
「猫、ルイ14世」
ルイ14世がやってきた。
ミズヒキと アカソとアイと ツルマメや
ツルマメや アイとアカソと ミズヒキと
やってきたよ、
ルイ14世!
いよっ!
千両役者!!
・・・・・・
ぼくの素敵なネコにとって
ぼくはルイ14世以上になりたいね!