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ネオアンガージュマン  東日本大震災後の日本社会 「二通りの説」 その2  [ネオアンガージュマン]

いずれも一流の論者によって成される、日本社会に関する「二通りの説」。

○日本社会は今後も変わらない。
(含、日本社会は今後も変える必要はない。日本社会は今後も変えることはできない。)

○日本社会はこれから変わる。

(含、日本社会はこらから変えねばならない。日本社会はこれから変えるべきである・変わるべきである。)

わたしがどちら側に立っているかと言えば、もちろん
「日本社会はこれから変わる(変えねばならい)」の方だ。

なぜか?という根拠は無数にあるが、非常に大きいのが「わたし自身の感覚」が現在のままの日本に「NO」と叫んでいる点だ。
「また主観的なことを・・」と眉をひそめる向きも多いだろうが、何らかのことで「動こう」という時に「個人の主観的感覚」というのは馬鹿にならないものだと思う。
「客観性」だけでは人間なかなか思い切った「動き」はできないものなのだ。
もちろんそうした「感覚」に至った個人史に信を置いているということもある。
歴史的には自分に「信を置くべきでない」人物が「信を置き過ぎて」失敗した例も数あることを知った上で書いているわけだけど。(笑)

愛をどこまでも掘り下げ、どこまでも高い場所へと導く。その言葉 2011年8月6日 [生と死のためのアート]

真夏の朝の光の中。
どうしてそんなにも君は綺麗なのだという、神話のような問いを何度も繰り返す。
何度もね。

タグ:アート 言葉
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ネオアンガージュマン  「勇気」の方法 [ネオアンガージュマン]

愛 勇気 行動

想像と創造 闘い

勇気。
「勇気なんて出ないよ」「勇気を出す機会なんてないよ」「勇気なんて無駄だよ」
などと思う人も多いかもしれませんね、今日この頃。
「勇気なんて無駄だね」と考えている人にはこう言いましょう。
「死ぬまで死んだような精神で生きるのかい?」と。
「勇気なんて出ないよ」「勇気を出す機会なんてないよ」と言う人にはこう言いましょう。

あ、ちょっと待ってくださいね。どうやら「つづく」のようです。


タグ:アート

「おひさま」高良健吾が「それでも、生きてゆく」安藤サクラをこっぴどい目に合わせる映画。その5(笑) [吉高由里子]

ああ、うるさい女がいる。これ、カフェで書いているんですけどね。店内全部へ響き渡るような声だ。
閑話休題。(笑)
「おひさま」も陽子(井上真央)にお子さんが生まれて、いや大変。希望の光だねえ・・。
って、わたしなかなかついていけないんです、あの雰囲気に。
とりわけ樋口可南子のオーバーアクト声は画面を観てなくても、響き渡るねえ。

閑話休題。(笑)

俳優としての「誠実さ」とは何か?
まず自らの俳優としての立ち位置を常に確認しつつ、しっかりと作品を選び、役作りに対する努力は惜しまない。
けれど日本では、いやもちろん日本だけではないのだろうが、この実行が難しいことはよく分かっている。
だからこそ「難しいこと」を常に実行している高良健吾が凄い、そして「誠実」であると言いたいのだ。

では高良健吾以外にどのような俳優たちが「誠実」と言えるのだろう?

つづく



愛 勇気 行動
想像と創造 闘い

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松田翔太「ドン★キホーテ」、事務室の似合う女、紺野まひるの魅力発見!  [生と死のためのアート]

紺野まひる。元宝塚娘役。かつて宝塚大劇場に通っていたわたしだけれど、紺野まひるの記憶はない。間違いなくわたしが宝塚ファンだった時期以外だ、紺野まひるが活躍していたのは。それがどうした?どうもしないさ。記憶を辿っているだけさ。辿るまでもないけどね。
そして宝塚対談後、「表現」などという言葉とは何の関係もなさそうな「女優」となって活躍と言うほどでもない活躍を見せていなくもなかった紺野まひるになぜ今注目したかというと、松田翔太主演ドラマ「ドン★キホーテ」の中で事務所にいる姿が、「女優」としてではなくて「一人の女」としてある程度(笑)魅力的に感じたからに他ならない。
「ドン★キホーテ」の中でもさして演技らしい演技をしているとは見えない紺野まひるであるが、「地味な事務所にいる女性」としてはかなり「いい」のである。
つまり「女優」としてではなくて、「一般人としてはかなり魅力的な女」としての存在感(笑)。
この分であれば、きっと団地や四畳半や炬燵などという日本的ベタなシチュエーションでも十分男たちのファンタジーを掻き立てられるだろう。


ネオアンガージュマン  東日本大震災後の日本社会 「二通りの説」 その1  [ネオアンガージュマン]

東日本大震災後の日本。
当然のことながら、数々の識者、学者、作家などが震災後の日本に関して予測、進むべき道などを論じているのを見かける。
それらは危急の要件である、被災地復興、福島原発問題が中心となっているが、さらに踏み込んで「今後の日本像」も当然語られているわけだ。

で、彼らが論ずる「今後の日本像」だけれど、大きく分けて二通りだ。

○日本社会は今後も変わらない。
(含、日本社会は今後も変える必要はない。日本社会は今後も変えることはできない。)

○日本社会はこれから変わる。

(含、日本社会はこらから変えねばならない。日本社会はこれから変えるべきである・変わるべきである。)

どちらの説も一流の論者によるものは読み応えたっぷり(笑)。
一流と一流の対決、どちらを選べばいいのかな??

                                 つづく。