●末尾ルコ かつて語った「誰も知らない」是枝裕和監督 [「言葉」による革命]
「誰も知らない」是枝裕和監督
実際の「子ども置き去り事件」をモチーフとした内容は「かなり」のものだが、よくぞこれだけ「感傷」を抑えて語ることができるものだと感心。いまだ感傷過多に傾きがちな凡百の日本映画とは大違いだ。丹念に計算された映像ももちろん見応えがある。
実際の「子ども置き去り事件」をモチーフとした内容は「かなり」のものだが、よくぞこれだけ「感傷」を抑えて語ることができるものだと感心。いまだ感傷過多に傾きがちな凡百の日本映画とは大違いだ。丹念に計算された映像ももちろん見応えがある。
●「母連れ狼」末尾ルコ(アルベール)、母(うたちゃん)の日々、危機感の認識、共有、そして改善への努力、山田孝之の役作と死生感。 [「言葉」による革命]
わたしはアートでロックでハードボイルドでポップでジェントルな末尾ルコと名乗り、しかし地元ではふつうアルベールなのですが、「恋多きヒヨコ」でもあります。原則いつも母(うたちゃん)と行動を共にし、車いすを押しておるそのイメージから「母連れ狼」とも名乗ります。
そう、最高の介護を超えるべく。
・・・
わたしも一映画ファンの身で、常々大きな危機感を持っていますし、映画ファンであればただ映画を愉しむだけでなく、こうした危機感を共有し、状況の改善に動くべきだと確信してるんですね。
「状況の改善」を目指して…と言っても別に大仰な方法を採用しなくてもいいんです、効果的であれば大仰な方法ももちろんいいですけどね。
わたしいつも主張しているように、どなたにでも「今からその場で」始められるのが〈「言葉」による革命〉の方法論なのですね。
なんか久々にこれ言った気もしますが、わたしはずっと実践しているし、今後さらに強化していきますよ。
それとですね、山田孝之、自分の役作りについても述べたのですが、そしてもちろん俳優によって自分なりの役作りがあるのでしょうが、山田孝之の場合は、
「どんな小さな役でもその人物の人生の総体を意識して役を創る」と。
つまりある人物の、台本に書かれてないその人の人生を自ら想像、そして創造していく。
もちろん監督、脚本家、そして共演者らとの共同作業もあるのでしょうが、いいですよね、この姿勢。
他の俳優も同様のことをやっている人、少なからずいるのでしょうが、山田孝之がテレビ番組で明確に述べたっていうのがいい。
でもねえ、日本映画ってちょっと軟化のグループで人気があるからって、それを映画の主演級で出演させて、それがまたホント、
「何にもできてない!」こと、
しばしばなんですよね。
演技素人も時に受け入れて作品をよりパワフルにするという方法論、映画界では昔から採用され、時に歴史的大傑作を生みだしてきたのだけれど、日本の場合は「演技素人を出して大きくクオリティを下げている」ことしょっちゅうなんですわ。
あと、山田孝之は例えばプロデュースへの挑戦など新しいことをやるについて、「まったく怖さはない」と語るんです。
なぜならば、彼は10代から、
「明日死ぬかもしれない」と、
それを念頭に生きているというんです。
これ、なんですよね。
まあわたしの場合ずっと前から
「次の瞬間には死ぬかもしれない」ですから、
山田孝之より何枚か上ですけどね(笑)。